第三章 運命の人
園児たちが大好きな歌、『星に願いを』のトーンチャイムが鳴っている。園児たちは母親といっしょに足早に帰っていく。壁や天井にはたくさんのモールが飾られている。それはまるで園児の願いのすべてを集めたかのようだ。
教室全体が星の輝きのようにきらめいている。外の厳しい寒さを感じさせない暖かい教室。クリスマスツリーの前で、その日も二人はいっしょだった。
「こうして男の子はサンタさんからプレゼントをもらいました。そしてパパとママといっしょに素敵なクリスマスを過ごしました」
母親の迎えを待つ間、女の子は男の子に絵本を読み聞かせ、自慢げに手編みの赤いマフラーを見せた。
「去年、サンタさんにもらったんだよ。たっちゃんもお願いごとをすればサンタさん絶対来てくれるよ」
男の子は飛び跳ねて喜んだ。リュックにつけたキーホルダーがシャン、シャン、シャンと鈴の音を鳴らす。
「お姉ちゃんは何をお願いするの?」
「パパ」
女の子は人差し指の爪を噛んでうつむいた。床に開かれたままの絵本。幸せそうに笑う父母の絵をしばらく見ていた女の子は、両手で顔を覆い泣きだした。
そして、教室内にはその日最後の『星に願いを』が鳴り響いた。遠くで鐘の音が聞こえる。なんだろう。これは……歌……?
ゆっくりと目蓋を開くと、達也は自分がいつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていたことに気づく。つけっぱなしのラジオからは、文化祭の日にミヨが教えてくれた『ブリリアント・スノー』が流れている。止めようとすると、いつの間にか自分の横にいた母がスイッチを切った。
「さっきから何度も呼んでいるのに。この時期になっても呑気なものね。そんなところで寝てたら風邪ひくわよ」
また怒られるのか。達也は身を縮めたが、母の様子はどこか普段と違う。
眉間にしわを寄せる表情ではなく、頬が緩んでいる。母は手に持っていた封筒を達也に手渡した。
「はい、外部模試の結果」
達也は早速、封を切り成績表を取り出した。また成績が上がっている。みそぎ学園高校も初めて有望圏に入っていた。
「あなたが居眠りしている間、塾の先生から今回の模試の件でお褒(ほ)めの電話があったのよ。本人の希望通り、みそぎ学園高校を目指してがんばりましょうだって。よかったわね」
上機嫌の母は、静かに部屋をあとにした。模試の結果以上に母から褒められたことに気をよくした達也は携帯を手に取った。
『ミヨ先輩こんばんは。この前の外部模試の結果が返ってきました。みそぎ学園高校もなんとか有望圏に入りました。ただ、英語がまだ不安なんですよね。今夜も英語の勉強がんばります』
ミヨにメールを送信すると、達也は早速、英語の問題集を開いた。文法問題を一通り解き終え苦手な長文問題を解きはじめたが、知らない英単語がでてくると手が止まってしまう。なかなか思うように進まない。
鼻息が荒くなる。後頭部がじりじりしてくる。長文一題に対する制限時間を設けた達也だったが、結局最後まで解ききれずに時間切れになってしまった。
成績が上がるたびに合格への思いは強くなる。達也は堪らず持っていたシャーペンを部屋の壁に投げつけた。