第一章

秋の日は短い。夕暮れどきが迫っていた。カラスの群れがカーカー泣きながら南の空に飛んでいく頃、甲中の制服制帽の五匹のカラスはまだ大門手前の穴切通りにたむろしていた。賢治にとって予定外だったことは、この遊郭街が周囲の田畑の中に画然とした「島」になっていることであった。

もともとは穴切田圃といわれていた土地に、市内北部の増山町にあった遊郭二十軒ほどが火事のために全焼し、明治四十年に計画的に移転してできた街だった。だから、「街」とはいっても自然発生的に成立したものではないため、八百屋も魚屋もその他のしもた屋もない。二十軒ほどの遊郭に二百人以上の娼妓が住んでいるだけだ。

従って、この大門を潜ることは必然的にその目的は限られてしまう。いくら興味本位とはいえ、十四、五歳の中学生が入っていく度胸はない。この日、五羽のカラスはこの街区の裏を流れる相川の土手の上から見物しただけで引き揚げた。

ところが、これには後日談がある。酒屋の金丸と製糸屋の栄輔が諦め切れずに、大人数だと目立つからと二人だけで街の中を歩いたという。いや、正確には「走った」のだ。

二人は、例年十月に行われる信濃大町までの強遠足、甲中では伝統行事となっていて、後には強行遠足と名付けられる行軍の練習という名目を自らに言い聞かせて、脚絆を巻いた教練の格好で、学校から走って遊郭内を二周してきたと自慢した。

「まず大門を通って正面にはそのまま直線の道がある。左側は佐埜楼、右が何々、棟割りの二階建てが六棟、一番でかくて繁盛していそうなのが甲子楼」と略図で説明した。

「でも、甲子楼の前を通ったときの、客待ちの人力のおっさんの、え!という顔面白かったな」