03 風雲
暴風が木の枝を揺らす。バチバキと枝同士がぶつかり合い葉を落とし、折れた枝が猛烈な速さで宙を舞う。不規則な木々の間を風が吹き抜け、高い音や低い音が絶えず鳴り続ける。
嵐の夜。
黒いコートを着てフードを目深にかぶった小柄な者が、大柄な中年の男を背負って、それでも地に着いた男の足を引きずりながら、歩いていた。中年の男には意識がなかった。
「はあ、はあ、はあっ」
息を切らしながら、風と男の重さによろめきながらも、その小柄なコートの者は歩き、やがてある小屋の前に着いた。
小屋の前には、同じく黒いコートを着た男が立っていた。その男が、暴風の音にかき消されないようにか、中年の男を背負った者に向かって叫んだ。
「アン! そいつを元の場所に置いてこい」
「……どうして? ジンさん、この人、生きてる! 今すぐ手当てすれば……」
フードをかき上げて彼を見上げ、アンは尋ねた。
「いいから置いてこい!!」
ジンは、彼女の話を最後まで聞くことなく強い口調で叫んだ。アンは、その声に肩をビクつかせた。彼の荒げる声を初めて聞いた。
「アン……」ジンはため息交じりに彼女の名を呼んだ。「この十年、お前だってたくさんの死体を見てきたはずだ……。この森に迷った者……、年老いた老人……、お前のように年端のいかない──」
ジンが、今度は言い聞かせるように静かに話すと、今度はアンが、彼の話を最後まで聞くことなく叫んだ。
「でもっ! この人、……生きてる!!」
アンの、初めてのジンへの意見──異見。フードをかぶったままでも、ジンが面食らった様子がアンにもわかった。彼女は言ってしまった瞬間、彼の様子からも、自分自身にも驚いた。
けど。後には引けない。おぶった男の体温を背中に、呼吸を後頭部に感じる。今おぶっている男は──生きているのだ。
「……チッ! 勝手にしろ!!」
「あっ──」苛立ち、背中を向けて去って行くジンに、アンはとっさに言いそうになった「ごめんなさい」という言葉を、ぐっと飲み込んだ。「かっ、勝手にするもん! 絶対にこの人、助けるんだからっ!」
と、アンはすでに森の奥へと姿を消した者に向かって叫んだ。返事は返ってこず、ただ風雨によって森の木々がざわめくだけだった。