一九七〇年 夏~秋
4 マユミの嘘泣き
この後、新学期になると、マユミは不可解な行動に出ます。あの岡田と付き合いはじめたのです。校内ではいつも一緒にいて、階段の下でキスをしていたとか、用具室で抱き合っていたとかいう噂が流れました。
ちなみに岡田はこの翌年、破裂したカチカチボールの破片が眼に刺さり、ほとんど視力を失ってしまいます。中学からは養護学校へ転校したため、マユミとの交際も自然消滅したようです。
「何よ、はよゆうて」
私はマユミを急(せ)かしました。
「やっぱ金の顔、かな」
スマイルバッジそっくりの笑顔で答えます。
「て、なんのことよ」
「太陽の塔よ。万博のシンボルの」
手提げの中から絵葉書を一枚出して私にくれました。それには『太陽の塔』が写っています。その『金の顔』は空洞になった両眼と嘴(くちばし)みたいな口を持っており、『オバケのQ太郎』そっくりの毛を生やしていました。どことなく高貴なそれとは対照的に、塔が腹に抱えている大きい方の顔は、口を尖らせてふて腐れています。大きく広げた円錐形の両手は、まるで敵に向かって立ちはだかっているかのようでした。
「クソでかいんじゃろなあ」
「金の顔の眼には大人が何人も入れるんじょ」
「ほんまか」
「あれ全部ホンマモンの純金でできとるんじゃって」
「うっそお。なんぼするんじゃろな」
「イッチョウエンっちょうった」
「イッチョウエン」
私はぽかんとしてしまいました。
「あんなとこい置いといて盗まれへんのかな」
「重すぎて運べんじゃろ」
「ほらほうじゃな」
「うちな。金持ちになりたいんよ」
マユミが決然(けつぜん)と言いました。
「僕もなるけん」私も反射的に虚勢を張ります。先日祖父から受けた『金』に関する戒(いまし)めなど、どこかへ吹っ飛んでいました。
「イシャかダイギシんなる。ほんでおっきょい家を建てたる」
百姓屋で辛い目に遭っている母を、是非とも引き取ってやらねばなりません。将来金の儲かる仕事に就(つ)くことを、私が決意したのはこのときです。
「ふうん、まあがんばってな」
マユミは信じてなさそうでした。
正午が来ても、私たちの宿題は捗(はかど)っていませんでした。
「御飯、どなんするで」
麦藁帽子の母が畑から戻って来ました。
「ラーメンしちゃろか」
母は子供の昼食を作りに帰って来たのでした。大人たちは塩むすびだけを畑で食して済ませると言います。
「エースコックのワンタンメンして」
またラーメンか、と思う者は当時はいませんでした。安価で手間暇かからず栄養満点の、即席ラーメンは夢のような食べ物だったのです。私はいまだにラーメン好きで、最後の晩餐(ばんさん)を何にするかと問われたら、寸毫(すんごう)の迷いもなくこれを選びます。
「ヨウちゃんやも一緒に食べるで」
佐々岡家とは味噌や醤油(しょうゆ)の貸し借りをする仲でした。母がラーメンの入ったどんぶり鉢を三つお盆に乗せてきました。二袋のラーメンを鍋で煮て、三等分してあるのですが、えこひいきがあからさまでした。
「こっちがようけ入っとうけんな」
母の囁(ささや)きが洋一やマユミに筒抜けです。私はそれが恥ずかしくて、ワンタンもどきを箸でつついていました。