「岡島君が赤穂に帰って来てるの知ってる?」
江藤詩織がそう言うのを聞いて、高倉豊は「ええ⁈」という驚きの声を上げた。
「やっぱり、知らんかったんやね」
「普段は神戸に居るから。でもいつ?」
「七月からみたいなの。昔住んでいた家に戻って来ているって」
「事件を起こす前に引っ越した家?」
「そうみたい」
「驚いたな」
その家なら高倉豊は知っていた。一度だけ岡島竜彦に呼ばれて、将棋を指したことがあったのだ。
「あの事件の後、会ったんか?」
二人の恋は自然消滅したに違いないと高倉豊は確信していたが、念の為聞いてみた。
「会ってない。高倉君も知ってたんやね。私と岡島君のこと」
「竜彦から聞いていた訳じゃないんやけど、噂になっていたからな」
高倉豊は、二人がキスしているところを見たからだとは言えなかった。
「何だか嫌な予感がするの」
「どういうこと?」
岡島竜彦が今になって、嫌な思い出のある赤穂に戻って来たことには、何か理由があるはずで、また何か事件を起こさないか心配なのだと江藤詩織は言う。
高倉豊もそれを聞いて、郷愁が岡島竜彦をこの町に舞い戻させたとは思わなかった。しかしだからと言って、事件を起こすかも知れないと考えるのはあまりに短絡的だった。
「取り越し苦労や」高倉豊はそう言って、彼女の心配をあっさりと打ち消した。岡島竜彦が自分の運命を変えた、教育委員会への密告者を恨む気持ちはあったとしても、相手【つまり高倉豊のことだ】が誰だか分からないのだから、復讐したくても出来ないだろうと高倉豊は考えていたのだ。