ほどなく岡島竜彦は、第三中学校へ転校していった。高倉豊の思わく通りになった訳だ。後は岡島竜彦と江藤詩織の交際が、破綻をきたしてくれれば希望が叶う。
岡島竜彦は第三中学校への転校後、ひどいいじめに遭っていたらしい。学校がなくなってしまえば、いじめから解放されると考え、夜の校舎に放火した。その事件は、中学三年の八月三十一日(岡島竜彦が転校してから約一年後)に起きた。新聞の地方版で大きく取り上げられ、二中では直ぐに岡島竜彦の仕業だという噂が広まった。その後岡島竜彦は、初等少年院に収容された。
彼は転校してからも、江藤詩織との交際を続けていて、高倉豊が二人のキスを目撃した公園で度々会っていた。高倉豊は惨めに思いながらも、頻繁にその公園に足を運び、その事実を掴んでいた。
だがこれで、高倉豊の願いはついに叶えられることとなった。幾ら何でも、犯罪者となった岡島竜彦に対して、江藤詩織が恋心を抱き続ける訳がなかった。
それなのにそれを喜ぶ気持ちは、高倉豊には全くなかった。何故なら、友人の人生を台無しにしてしまったという、後悔の念で一杯だったからである。
高倉豊は、その後の岡島竜彦の人生を知らなかった。その代わり彼のことを忘れたことはなかった。そして江藤詩織のことも。高倉豊には未だに、友人を犯罪者にしてしまったという、悔恨の情が付きまとっていた。あんなことをしなければ、岡島竜彦が三中に転校することもなく、あんな事件を惹き起こすこともなかったと。
二〇〇五年八月
そんな高倉豊の思いが呼び寄せた訳ではないだろうが、赤穂市で毎年八月の第一土曜日に行われる、市民のゆうべと題した花火大会に行った帰り道で、高倉豊は江藤詩織に再会した。高倉豊にとって意外だったのは、江藤詩織の方から声を掛けてきたことだった。
人込みを避けるために、花火大会が終わる三十分前に会場を後にした彼は、川沿いの道をゆっくりと歩いていた。久し振りに見る夜の川には、昼間にはない美しさを感じた。この川は高倉豊の少年時代から汚れていたが、暗闇が彼の目をごまかしていたのだ。
いつも気を張って、犯罪の臭いを嗅ぎ付けようとするかのように、周囲に視線を配っている高倉豊だったが、たとえまがい物の美しさであっても、そのとき見た川には、緊張感を忘れさせ穏やかな心にさせてくれる癒やしがあった。安らぎを見出し幸福感に包まれ始めたとき、背後から「高倉君? 」と声を掛けられた。
彼は相手が女性だということは分かったが、声に聞き覚えはなかった。振り返ってみても、薄暗がりの中では顔をはっきりと見ることは出来なかったので、やはり高倉豊には声の主が誰だか分からなかった。
「どなたでしょうか」と言う高倉豊の声は、いつもより優しい口調になっていた。
「ごめんなさい。間違えたみたいやね」
女性は踵を返し掛けた。