光三は、本土と琉球の結節点といえる奄美群島には、鹿児島本土とも琉球の島々とも異なる独特の歴史や文化があるはずだと熱弁をふるい始めた。
いつの間にか、家族たちが自分の島談義を前に眠そうな目をして押し黙ってしまったのに気がつき、いささか照れ臭そうに酒を含んだ。光三夫婦が鹿児島駅に降りたったのは、師走に入る前日だった。
翌朝から、引っ越しの荷物が広々とした知事官舎に慌ただしく運び込まれた。官舎は部屋数が多いだけでなく、敷地内に管理人夫婦が住む別棟のほかに、昔の知事が使っていた馬車小屋も建っている。官舎の周辺には、日銀支店長の公宅をはじめ、地元の有力者が居を構えているようだ。
光三はこんな閑静な住宅地の中の広い官舎に、単身で住むことにならずによかったと実感する。夕刻になると、光三は広い庭に面した和室の縁側に胡坐をかいて、ソテツやカイコーズなど南国風の植栽越しに姿を見せている桜島の頂に見入っていた。
灰色と黒が混じった猛々しい活火山の頂上からは、薄茶色の噴煙が落日の近い大空にたなびいていく。初めて近くで眺める桜島は、県庁の所在地から鹿児島湾をはさんで数キロしか離れていない。それなのに、これほどに雄大で男性的な自然があるのに驚かされる。
この光景は、自分が暇なときの趣味にしている色鉛筆画を描くには最高の画題になりそうだ。管理人たちに荷物の収納を指図していた美恵子も、エプロンをはずして縁側に出てきた。
「師走なのに、こっちは暖かいわ、やっぱり」
隣に座った恵美子は夕日に頬を染めて、うっとりとした表情で桜島を見やる。
「ああ、たしかにな。京の底冷えはワシでもきつい」
「でも、アナタはお酒で内から温められるからいいけど。私は、本当に寒いんですから」
美恵子が笑みを浮かべながら、口を小さく尖らせる。
二人が酒の話をするのを見計らっていたかのように、官舎の管理人である萩原夫婦が、小ぶりの膳と芋焼酎を縁側に運んできた。膳には、鹿児島名物のキビナゴの刺身が盛られている。光三は初対面の挨拶を交わしたときから、いかにも実直そうな初老の管理人夫婦が気に入っていた。安心して、身辺を任せられるだろう。