第三章 優しい祖母
恭一と玲奈は、学校が休みの日に電車とバスを乗り継ぎ、片道三十分のところに住む澄子の弟の角崎良平の家に行くのが楽しみだった。良平は二人のことを可愛がりよく遊んでくれた。また、決して否定せず肯定的に話を聞いてくれるので二人とも良平が大好きだった。
「良平のような人が父親ならいいのに」と恭一と玲奈はいつも思っていた。
良平は英語の塾を週五日開いている。英語の本やビデオが棚にたくさん並んでいた。二人は行くたびにそれを見せてもらった。
クリスマスやハロウィンの頃は良平の妻の早苗が、お菓子や飲み物、ピザや唐揚げ、サラダを用意し、塾に通う生徒やその親を招きパーティーを開いていた。
恭一も玲奈も招待され、英語のゲームや歌などで一日楽しんだ。良平の家族とは、後にも家族ぐるみでお付き合いが続いた。
第四章 農家に嫁ぐ
今から三十五年前の一九八六年、玲奈は京都の呉服屋に二十六歳で嫁いでいく。姑は、料理の研究に熱心でテレビの料理番組で見たメニューは、その日の夕方には食卓に並べることが多かった。掃除や洗濯も手早くこなすタイプだった。玲奈の洗濯物も気づく頃にはベランダの竿に干してあったようだ。また、社交的で近所や知り合いの人を自宅に招きお茶と手作りのお菓子でもてなすことも多かった。
結里亜は、竜也から農家に嫁ぐことを反対されていたが、恭一が、結里亜には畑の仕事はさせないからと納得をしてもらい結婚の承諾を得た。それは、挨拶に行ってから一年後のことだった。
池上家の敷居をまたいだのは、結里亜二十五歳の秋である。一九九〇年、今から三十一年前の話だ。
恭一の実家から三十分ほど離れたところに二人は新築のアパートを借りた。敷地内には二棟建っていて、その間には中庭があり、子どもが遊べるように砂場があった。花が植えられベンチが二つ置かれた居心地のいい空間だった。
結婚して一年後、長女、樹里が生まれた。
樹里は予定日より一カ月ほど早く生まれたので保育器に一週間ほど入った。また、標準より小さく母乳を飲む力があまりなかったので、飲めるようになるまで粉ミルクをあげるように看護師に言われた。
最初は、なんとか搾乳機で絞ることを試みたが、三日目には全く出なくなっていた。
そんな心配をよそに樹里はミルクをよく飲み一カ月検診の時には標準の体重までに成長した。離乳食も残さず食べる好き嫌いのない子だった。