第四章 農家に嫁ぐ
ある日、結里亜は恭一から「二人の家をいずれ建てるから、それまでは親と同居してほしい」と言われる。居心地のいい生活を失いたくないことと、自分の親が来にくくなること、考えれば考えるほど暗い気持ちになった。
仁科幸恵と生田節子は、結里亜の送別会を開いてくれた。節子の家で話がはずんだ。
「たまには、ここに遊びにおいでよ」と節子。
「また、結里ちゃんの楽しいトークを聞かせてね、周りに知り合いのいない私は、明るい結里ちゃんにいっぱい励まされたんだから」と幸恵。「ありがとう、また来るね」うなずきながら結里亜は答えた。
翌週、結里亜たちがアパートを去る時にも、二人は見送ってくれた。
山に囲まれた静かな農村地帯の一角に恭一の家はあった。築三十年ほどの一軒家。下水の工事はされてなく、排水の枡は貫一が近所の人と掘ったという。トイレもお風呂も三十年前のままでお風呂にはシャワーはなかった。また、お風呂は灯油とまきの両方で焚き、居間にある掘りごたつにはその炭を使った。結里亜は戸惑うことも多かった。
「今日からよろしくお願いします」と結里亜は貫一と澄子に改めて挨拶をした。
「朝は五時に起きてね、それから茶の間の掃除をして、六時には朝食を食べられるようにしてちょうだい。お箸がテーブルに並んだのを確認してからごはんに呼んでね」と澄子が言う。
「五時起き?」と思ったが取り敢えず返事をした。
「それから、お昼は十二時で夕食は六時ね。夏は日が長いから夕食は七時でいいわ」と言う澄子。
何も言えず、「はい」と答える結里亜。
「あと、どんなに熱が出ようが、自分の親が死にそうでもごはんはあなたが作ってね」と澄子が立て続けに言う。
「よく次から次へとことばが出るなあ」と思いながら結里亜は「はい」とうなずく。返事はしたもののどう考えてもおかしなことばかりだ。
お風呂に入る順番も決まっていた。貫一が一番、澄子が二番、恭一が三番、そして子ども、嫁の結里亜は最後だった。これは、樹里が生まれた時も変わらなかった。
生まれたばかりの子どもを、「最初のお湯に入れたい」と澄子に話すと、「子どもを最初に入れたいなら、あなたは湯船の外側にいて、そこから子どもだけ浴槽に入れてね」と澄子が言う。
なんとも悲しい光景だった。嫁に行った玲奈が、子どもを連れて帰ってきた時このようにお風呂に入れていただろうか。