三
彦坂の和子に関わる職務は、すべて和子の意思と後見契約に沿い進行してゆく。
数葉の契約書の最初の頁に記されてあるとおり、和子が毎月初めに彦坂の事務所に電話を入れる。このことによって和子がそのとき生存しかつ月初めに彦坂に連絡を入れるという約束を覚えていることを確認する。
彦坂は四ヶ月に一度和子の自宅を訪問し面談する。自宅を訪問することで、和子の健康状態に変調を来していないかじかに確認する。また会って様々な話をすることで、互いの信頼関係を維持し深めてゆく。
たとえば毎月初めに電話することを憶えていても、自宅に行ってみたらこれまでどおりの会話はしているものの本来きれい好きの人の部屋にゴミが散乱していたとする。このことは認知症が進んでいるシグナルとも考えられる。会うことで前回面会時との変化をリアルに知ることができる。
また信頼関係は実際に会いつづけることでしか確かなものになるものではない。信頼や愛という人間関係の最も大切なものの根本は繰り返す行為のなかにある。大切なことは繰り返すことなのである。和子と彦坂の関係のように契約でつくられた関係は、当初ぎこちないものにちがいないが、繰り返し会っていくことで自然なものとなってゆく。
和子との面会頻度は契約して二年もしないうちに、四ヶ月から二ヶ月に一度、その後に月一度に変わっていった。和子が短い入退院を繰り返し、より病気がちになっていったことが主因であったが、和子が彦坂と会うことを、月日の進行とともに、より欲するようになっていったからでもあった。