博樹、多枝子をつけ回す

多枝子のアパートの前、やはり電柱の陰から見守る。菓子パンと野菜ジュースを手にアパートを見ている姿は、まるで刑事の張り込みのようだった。一時間ほど待たされただろうか、彼女がアパートから出てくる。今日はワンピースにカーディガンという女性らしい服で出かけるようだ。探偵気取りで博樹はひたすら後を追った。

途中、バスに乗り込んだ際に顔を見られそうになったが、彼女はこちらの様子などまったく気にしていないようだ。バスは病院前停留所で止まり、多枝子はそこで降りた。気づかれないように少し間を空けて博樹もバスを降りた。病院前停留所があるぐらいなのでかなり大きな総合病院だ。

「彼女はどこか悪いのか? いや。学生という事は、インターンか何かなのかな?」

後をついていくと、彼女はエスカレーターに乗り四階へ上った。入院患者の病棟だ。通いなれた様子で奥へ奥へと進んだ。四一二号室をノックをしたのち入っていった。博樹は足音を立てないように病室の前へ歩を進めた。患者の名前は沙羅秀夫さらひでお。患者が一人しかいないということは個室のようだ。扉に耳を当てて、中の様子をうかがった。

たまたま通りかかった看護師に不審な目で見られ少したじろいだが、そんなことより今は中が気になる。再び張り付くようにドアの中へ耳を傾けた。

「お父さん、今日は具合が悪い様ね」

ゴホゴホと秀夫のせき込む声が聞こえる。

「大好きな水ようかん買ってきたけど、その様子じゃあ……。あ、横になって」

「すまないね、多枝子」

一言告げて、秀夫はまたせき込んだ。

「調子が悪そうなのでまた出直します。横になってゆっくりしてください」

少し間をおいて、多枝子はドアの方へ歩き出した。博樹は慌ててドアから離れ、身を隠す所を探した。病室が向かい合うだけの通路に身を隠すところはない。機転を利かせてゆっくり歩きだし、普通の見舞客のふりをした。そのまま振り向かずエスカレーターに乗り、一人で出口まで向かった。

病院の出入り口を出て玄関まで先回りし、博樹はしばらく考えた。気まずい気持ちはあったものの、遠慮していたらいつまでもストーカー止まりだ。かといってこのまま忘れることなど到底できない。切羽詰まった気持ちが博樹を少し大胆にさせた。

出入り口から玄関までは三十メートルほどあり彼女の姿を見ることはできる。彼女が現れたら体調が悪いふりをして、会話の糸口を探そうという作戦だ。相手にされなかったらどうしようなんて考えもしなかった。とにかく今は行動あるのみ。博樹はおかしな方向へ焦っていた。

「よーし」

玄関の前でうずくまる。

「どうなさいました」

女性の声がする。博樹は興奮を覚えた。

「ううう、ちょっとお腹が……」

見上げるとかなりぽっちゃりとした年配のおばさんが心配そうな顔で見下ろしていた。

「いや、何でもねえよ! ババア」

照れ隠しに毒づいて吐き捨てた。昔社長だったこともあり物言いが雑なのは直っていない。ほんとうは少し不器用なだけなんだが……気を取り直して博樹は歩き出すふりをした。おばさんが玄関に入っていくのを振り返り確認すると、すぐ玄関に戻り多枝子の様子を確かめた。もうすぐ目の前だ。よし!

「どうかなさったのですか?」