第一章 不思議な夢
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翌日、製本工場で黙々と博樹は働いていた。
この工場は印刷物を機械で裁断し手作業で並べ替えをした後、また機械で製本し仕分け出荷するという工程の工場だ。昼休みのチャイムが工場内に鳴り響いた。キーンコーンカーンコーン。作業員が十数名の工場なので、二階の一室が休憩所となっている。休憩所でコンビニ弁当を食べた後、バイト仲間が話しかけてきた。
「ねえ御神さん。楽な割には時給よくて、いいバイトでしょう? 俺、このバイト好きなんだよね」
髪の毛を茶色に染めた今時の若者だ。
「ああ、そうだな。俺もそう思っていたんだけど……」
若者は続けた「不満なんですかあぁ。人間、楽で気ままが一番だと思いますよ」
「気ままねえ~~ 。悪い、煙草吸ってくるわ」
今置かれている現状を不思議に思う。工場で挫折した後は何をやってもしっくりいかず、気楽、気ままが一番だと思っていた。責任や重圧などもうごめんだと思っていたが、なぜか納得できない自分がいた。煙草を吸いながら心の声が響く。
(こんなことで彼女やお父さんを守れるのか? いや、そもそも別に付き合っている訳じゃないし……)
誤魔化そうとする自分に秀夫の言葉が回想された。『曖昧な気持ちで生きているほど無駄な事は無いよ』その言葉に答えるように意志が固まっていく。
「曖昧な気持ち……。いや! 曖昧じゃない! 俺はきっと彼女が好きだ」
夢の中で一目見た時から何故か惹かれていた。マイペースで揺らぎのない真っ直ぐな性格。女性に不器用な博樹にはまぶしく映った。博樹にないものを持っている。年の差など超えた魅力が多枝子にはあった。博樹は初めてはっきりと自分の気持ちを確認した。
次の日、ハローワークに博樹はいた。
「どんな仕事でもいいから適当に見つくろってくれよ! 何でもやるよ!」
躍起になる博樹をよそに職員は淡々と質問を投げかけた。
「資格とかは何かお持ちですか?」
「資格なんかなくたって出来るだろう! やる気だよ! やる気!」
職員は笑いながら答えた。
「クスっ、仕事がない訳ではないですよ」
求人票のコピーを四枚出してくれた。