今度は間違いない。彼女の声だ。今になって緊張してきたが、後には引けない。
「あ、いや……少しめまいが」
「大丈夫ですか? 診てもらったらいかがですか? ここ病院ですし」
多枝子は疑う様子もなく心から心配しているようだ。少し胸が痛んだ。
「いえ、病院は苦手なもので」
博樹の意図が分からず、彼女はきょとんと見つめる。少しの間をおいて彼女の方から気付いてくれた。
「あら、あなた先日の引っ越し屋さん?」
話の糸口は労せずに手に入った。彼女はあまり人を疑うことはしないようだ。その天真爛漫さにホッとした。
「はい! え、あ~~~! 先日はお世話になりました。なんて偶然なのでしょう」
偶然ではないことは自分が一番よく知っている。知らず知らずのうちに声が少しひっくり返った。しかし、彼女は疑うことを知らない。
「今日はお仕事お休みですか?」
「はい! 全然お休みです。丸一日お休みです! それだけですか?」
「と申しますと?」
慌ててはいるが、博樹の頭の中は冷静に働いていた。
(人違いか!? いや似すぎている。声まで一緒じゃないか)
どうしていいかわからずに固まりそうな博樹を、また彼女が助けてくれた。
「フフフ、おかしな人ですね。私、午後の授業まで時間があるのでお茶でもいかがですか? 引っ越しのお礼に。これも何かの縁かもしれません」
願ってもない展開だ。この女性はいつもこうなのだろうか? 社交的というよりはガードが甘いのでは!? と思ったが現状を素直に受け入れた。
「いや、お礼なんて……いります!」