博樹、行動にうつす
次の日、博樹はメモを片手に多枝子の家を探して歩く。
JRの駅から歩いて五分ほどの場所にある、小さな公園の向かいのアパート。億ションからこんな小さなアパートに引っ越すなんて、何かの事情があったのだろうか。
そんな詮索もしたくはなったが、それ以前に彼女が何者なのかを知りたかった。博樹にしてみれば、彼女がこの世のものではないような感覚さえしている。夢で片付けるにはあまりにも偶然過ぎるし、あまりにもリアル過ぎる。仮に夢だとしても、あまりにも鮮明に彼女の顔を覚えている。
間違いなく今から行くアパートに住んでいる沙羅多枝子だ。世の中には似た人が二人はいるというが、空似だとは考えにくい。そのぐらい声までもはっきり記憶していた。
なぜ彼女が自分に気付かないのか。いつまで惚けているのか。まったく今置かれている状況が理解できなかった。しかし、もし本当に自分のことを知らないとすれば全ては失礼に当たる。そんな遠慮が博樹の行動を消極的にさせていた。
「えーっと……。お、ここだ」
多枝子の部屋は、二階建てアパートの二階の隅だ。ドアにもポストにも表札が掛かっていなかったため、本人を確認するまで此処の住人かどうかは定かでなかった。
ドアの前で少し考えた後、アパートの前で本人の姿を確かめてから話をしようという消極的な結論に至った。今の時刻は十二時四十八分。昼食を済ませて表に出てくるのにはちょうどいい時間だ。
今日は天気もいい。ふと我に返り、これではストーカー同然ではないかということにようやく気付いたが、それ以上に事の真偽を確かめたいという気持ちが強かった。博樹の言い分では、二人はもう顔見知りだ。
しかし、普通に挨拶するのには少し勇気がいる。ジレンマに耐えながら、二十分ほど電柱の陰で多枝子を待ち続けた。しばらくしてドアが開き、ジーンズにカーディガン姿の多枝子が姿を現した。
手際よく鍵を閉め、トートバッグに鍵をしまった。姿勢の良い歩き方で階段へ向かい、カツカツと下り始めた。博樹は見つけたという達成感と、これからどうしようという不安感で少しそわそわした。
階段を下りた彼女はこちらに全く気付く素振りもなく、先ほど博樹が歩いてきた道を通って駅の方へと向かった。駅の真向かいは大手チェーンのスーパーだ。夜の買い出しだろうか。
スーパーの入り口を入り、脇目もふらずに生鮮食品のコーナーに向かった。博樹に気付く様子は全くない。博樹は探偵にでもなった気分で尾行を続けた。
「なんで野菜ばっかりなんだ……。ベジタリアン? それとも何かの宗教か? 肉を食わない宗教は……あれ、肉を買った。となると、宗教ではないのか……。いやいや、そもそも俺は何を知りたいんだ?」
博樹は自分自身が何をやっているのかわからなくなっていた。しかし、真実を知るまでは引くに引けない思いでいた。
彼女は手際よく食品をカゴに入れて立ち去っていく。
「あ、ちょっと待って」