清美が7歳のある日、道子には良くあることだが、何か不満があったのか、家事を放棄して日がな一日布団から出て来ない。昼は、自分の分だけ信二に買いにやらせて寿司を頬張っていた。信二が欲しそうにすると、「欲しがるな。嫌らしい奴だ」と言いながら、端の二切れ程度のものを呉くれてやっていた。夜は、食べるものが全くなかったので、まだ7歳の清美が電気釜でご飯を炊き、味噌汁を作り、卵焼きを作った。

さあ、子供達でご飯を食べようと席に着いた時、褞どて袍らを着た道子が起き抜けの髪を逆立て、ぬうっと現れた。当然のように母の座に座ると、左手を出しながら、「さあ、ご飯をよそって上げよう」と言ったので、(今頃出て来て、どういう神経?)と清美は思った。

その瞬間、道子の金切り声が鳴り響いた。

「飯杓文字がいつものと違うじゃないか。どっから出してきたんだ!」

「お水屋の引き出しよ」

と、恐る恐る清美は答えた。

「水屋の引き出しだって?そんなものアブラムシの糞だらけになっているものじゃないか!」

「綺麗に洗剤で洗ったよ」

と、清美は怯えながら弁明した。

「洗剤で洗ったぐらいで綺麗になるもんか!」

と言うなり、道子はその飯杓文字を力任せに流しに投げつけた。そして金切り声が何時までも続くのだった。清美は胃が痛くなった。

(毎日毎日この調子だ。なんて情けない親を持ったものだろう。よそのお家なら、7歳の子供が一生懸命夕飯を作ったのだ。きっと褒めてくれることだろうに)

涙で、茶碗のご飯がにじんだ。それから、道子は、一言の感謝の言葉もなく、清美に食後の洗い物を命じた。父・栄介も7歳の清美の作ったものを食べるだけで、妻の道子に代わって子供達のために食事の支度をしようとは思わないのであった。

しかし、清美の「家」は、世間的に表面上は問題のある家庭とは見なされない。近所の人々も、学校の先生方も内情を伺い知ることは難しいのであろう。

だが、清美は幼い頃から16になる今日まで、生まれてきて良かったと思ったことがない。毎日深い溜息を吐きながら過ごしてきたのだ。

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