国田克美という女

夕刻になり、国田が帰路に就こうとしたところ、看護専門学校直属の事務員戸崎(とざき)愛子(あいこ)が、「四月に結婚することになりましたので、三月三十一日で退職させてもらいたいのですが」と告げた。

国田は寝耳に水の話で唖然としたが、少し間をおいて、事務員として会計の仕事においては好きではなかった戸崎に、

「それはおめでとう。いつからいい人がいたの?」

「約一年前から」

「あっそう。何故、辞めることをもっと早く言ってくれなかったの?」

国田は辞めてほしい事務員が退職することになり内心嬉しかったので、結婚相手の職業とか年齢などを敢えて訊こうとしなかった。

戸崎は学校開設準備時代からの事務担当者であった。開学後は学校事務専任となり、小額であるが、入学願書代(七百円)、再試験・追試験代(五百円)、学生のコピー代(一枚十円)また、入学式、戴帽式など来賓からの祝い金など雑収入を学校窓口で担当している。

看護専門学校の会計上では昭和六十一年度、昭和六十二年度決算では雑収入は各々、四万七千八百円、十四万五千百三十円が計上されていた。

一方、入学金や授業料は一階にある医師会事務員が担当している。戸崎が退職したら、引き継いで雑収入は新人の事務員が担当する。学校事務員の仕事は年度替りで多忙なため、絶対に四月までに内定しておかねばならない。

戸崎は自分が徴収した毎月の雑収入金の全部を一階の事務室まで届けているが、事務員不在時に国田が徴収した雑収入は医師会事務室に届けずに国田が着服していた。

国田は学校事務員が新人になれば自分が管理できると狡猾な考えがすぐさま脳裏に閃いた。国田はまだ尾因市の高校の就職状況を把握しておらず、村山学校長に直ちに相談することにした。副学校長の久船には一言も連絡せずに村山に直接電話を入れた。