だが斉田は客あしらいに馴れていて会って幾らもしないうちに相手をすっかりくつろいだ気分にさせた。松野は大学院のジャーナリズム学科に籍を置いていた時にベンチャー企業のアルバイトをした経験がある。それらは大した金にはならなかったが経験を積むのには役に立った。様々な人にインタビューもした。だが斉田氏ほど飛び切り愛想のいい人物には会ったことがなかった。
駆け出しのベンチャー・ジャーナリストの松野に対しても自分が名の知れた人気作家だなどという素振りは全く見せない。物腰も丁寧でわずかな関西訛りは相手をほっこりとさせる。やはり彼の人徳なのか、育ちの良さが感じ取れた。
その反面、彼の話の内容は自分の経験した旅行談や他人の面白おかしいエピソードなど、以前斉田の書いた雑文か雑誌の対談などで読んだ既視感(デジャヴ)のあるもので新しいネタは何もなかった。松野は会話をしながら斉田の写真を撮った。写真というより主に動画である。カメラマンを連れて来るほどの余裕は彼の会社にはまだない。話を続けながら写真を撮るのが彼のスタイルである。それが相手のさりげない動作をキャッチしてこれぞという絵を引き出せる一番いい方法である。
結局Q&A式というよりも作家の雑談を拝聴するといったようなものになったが、全体としてインタビューは成功で斉田氏には好印象を持って松野は"寛山泊"を辞した。彼のインタビュー記事は彼の会社が主宰するデジタルニュースの動画サイトに乗せ、反響もまあまあだった。
ところが斉田氏の思いがけない死によって動画の再生回数は一挙に増えた。松野はその反応に驚くと同時に現代社会を席巻しているSNSの威力を改めて思い知らされた。斉田のファンはまだまだ全国に散らばっているのだろう。彼の本の売れ行きも今後更に増えるかも知れない。