豪華なドレスを身にまとった女性婦人、スーツで歩く紳士。行き交う馬車。車の往来も勿論あったが、書物で読むような世界がそこにある。道はレンガ造りで舗装されていて、遥か昔のレトロな雰囲気を思わせた。
「……ほんとに貴族世界だ……俺の、住んでいたとこだ……」
どこか感慨深いものを隠し切れないのか、浩輔は落ち着きがない。キョロキョロと周りを見渡し、だが緊急時用IDを持っているので咎められる事はない。このまま“逃げる”という選択肢はないようだ。いや、緊急時用IDだからこそ、自分の居場所などすぐに割れてしまうから意味はない。
「屋敷は軍の見張りがついているので荒らされる事はなかろう。先に司令部に向かうが、異論はあるかね?」
「いや、それでいい。どうせ、司令部近くに召喚したんだろ」
見やれば、桐弥の部下らしき人物が一台の軍用車のドアを開けて待っていた。乗れ、という事だろう。促されるまま足を進めて乗車し、桐弥は助手席に、運転は軍曹、後ろの席に四人が乗る事になった。ちなみに殺女は栗栖の膝の上だ。
「遺体の数は十三体。その内、女性はメイドを含めれば七名だ」
資料を渡され、彼女は桐弥の言葉を聞きながら読んでいる。
「じーさんの葬儀もままならないまま屋敷の人間は惨殺、ってか。浩輔、運が良かったな」
皮肉な事に、あの時捨てられなければきっと浩輔も死んでいただろう。まぁ、結果論でしかないのだが。
「……名前が載ってねぇな」
「所持していたIDカードは、全て持ち去られた」
「ああ、記録が残るからか。でもよ、屋敷内ではIDカードは機能しない筈だぜ? それこそ、プライバシーの侵害になるからな」
「例外もある、という事さ」
「例外?」
書類から顔を上げ、彼女は桐弥の背中に問いかけた。
「殺人は、最も残酷な犯罪だ。IDは持ち主の心臓といってもいい、そんなことがあればIDカードは例外として記録を残すようになっている」
「じゃあ逆に言えば、そのIDカードもどこにあるか分かっているんじゃねぇの? こんな街中で十枚以上のIDを持っているんだからよ」
「その考えで軍隊を街の至る所に配置している。だが、未だに見つかっていない。屋敷は私有地なのでカメラがなく、カードを大量に持っていても分からないからな。木を隠すには森の中、というのが正しいかもしれんな」
「……屋敷の中にあるってのか?」
「ま、それに関してはそこの貴族少年に協力してもらおう。見取り図があるとはいえ、屋敷の中は生活空間だ。隠せそうな場所が我らには分からん。それ以前に、屋敷内の物に手をつけるなと言ってあるのでな」
「ハナから、俺らをアテにしていたのかよ」
「貴族少年がいる事は計算外だったさ。しかも海川家のな。思わぬ収穫だ」
くくっと、桐弥らしい笑い声が聞こえる。どこまでも計算高い男だ。