海川家
貴族世界の一等地に、その大きな屋敷は建っていた。坪数など数えるのも面倒くさいぐらいに。そして洋風を思わせる巨大な門に石畳の廊下、庭師が入っていると思われる広大な庭に鯉が泳ぐ池、大げさな玄関。全てにおいて“超”金持ちを思わせる一族の屋敷だ。だが、今屋敷は軍によって警備され立入禁止の黄色いテープで覆われていた。
「総帥、ご苦労様です」
桐弥の姿を見るなり一般兵士が敬礼して道を開ける。そんな桐弥の後ろに一行は続き、敷地内に入った。無論、屋敷の中でも幾人もの警備兵士が任務を遂行している。
「さて、どこから調べたものか」
屋敷の見取り図を広げ、桐弥は苦笑する。目的は二つだ。一つは替え玉の衣装を見つける事。もう一つは殺害された使用人達のIDカードを見つける事。こんなにも広大すぎる屋敷を一つずつ調べていったら、時間などいくらあっても足りない事は明白だ。しかし、そこで役立つのが浩輔である。捨てられたとはいえ、一週間程度前まではここに住んでいたのだ。
「衣装は、燃やしてなければ見つかるだろうぜ。とりあえず、あの女のクローゼットからだな」
実の母を“あの女”呼ばわりするという事は、愛情を注がれて育てられなかったのだろう。
「IDカードの場所に心当たりはあんのかよ?」
「なくとも、総帥様は秘密道具を持ってきているんだろ?」
「ほう、知っていたか。君の知識を疑う訳ではないが、こちらも早々と解決したいのでね。地雷探知機みたいなものだ」
ポケットに収まる程度の小さな長方形の薄い機械。桐弥はそれを『ID探知機』と呼ぶが、最後の手段として持ってきただけのようで、再び懐にしまった。
「葬儀人、ここからはハンカチを鼻に充てた方がいいぞ」
「ハンカチ? うわ、ものすげぇ血生臭い匂いが充満してやがる」
「だから言ったろう」
玄関を開ければ、すぐ正面の壁にドロリと飛び散った血痕がこびりついているのが嫌でも確認できた。その数は一人や二人ではない―先ほど霊安室で確認した人数の分だけ、この屋敷内にはまるで装飾品のように大量の血が見られるのだろう。
「全てのDNA鑑定は終わっている。廊下に飛び散る血痕も含めて、踏んで歩いても問題はない」
そうは言うが、先にこの匂いをなんとかして欲しいと切に願う。