海川家
未成年を遺体収容所に案内するのは酷な事だと思った。特にこの一件は、顔が判別できないほど潰された十名以上の死者が出ているのだ。霊安室に冷房が効いているとはいえ、死臭も酷かった。並べられた遺体は皆、殺された当時の衣服のままで、使用人と屋敷の人間の区別はすぐについた。
それらの人間の名を次々と挙げていく浩輔の記憶力も確かなものだった。それを、軍曹がメモに書き記していく。だが、一人だけ首をかしげる女性の遺体があったようだ。
「?? これ、本当に海川家の屋敷にあった遺体か?」
「見覚えがないと?」
「いや、衣装は俺んとこのもので間違いない。ドレスの裾に海川の刺繍が入ってるし。……でも、なんか、違うんだよな……」
「つまり、一人多いと言いたいのかね?」
「んー、この衣装は母さんのものだけど……遺体は母さんじゃねーんだよ」
「では聞き方を変えようか。……君の母上の遺体はこの中にあるかね?」
「ない」
「言い切ったな」
「母さんは右腕に大きな傷痕が一本残っているんだ。けど、ここにある遺体にそんなヤツがいないから言い切れる」
「……替え玉か」
所長の少女は思う。自分の両親も含めて身近にいた人物の遺体を見せられて、よく冷静でいられるな、と。
「俺様は、もうトラウマみたいに未だに夢に出てくるのにな」
「お嬢は、あの頃はまだ十歳でしたので。あの残酷な光景は忘れろという方が酷で御座いますよ」
「お嬢の目の前で……殺されたやん……うちも覚えとる……」
「……忘れるかよ、忘れてたまるか」
殺女と栗栖に連れられた王宮屋敷の別館に、父はいた。そして、目の前で殺された。実の兄に。それから聞いた。
“次はお前の番だ”
――と。彼女は、徐に腰に差した剣に手を触れる。
「コレを持ってる限り、この眼を持ってる限り、俺は狙われ続ける」
眼帯の下に隠した目を何度潰そうと思った事か。刀で魂を喰う度におぞましい記憶が頭の中に入ってきて、何度この復讐をあきらめようと思った事か。
――だが、耐えた。両親を殺した兄への復讐を第一とし、世界を元に戻す為なのだから。今でも蘇る、あの時の言葉。
“何者にも平等な国などいらない、これからこの国は変わる。俺を殺さない限り”
そして政権が変わって、国は四つに分けられたのである。
「葬儀人。どう思う」
「替え玉の事か? 人数は合ってんのか、浩輔?」
「いや、一人足りない。……母さんがいない」
「つまり、使用人に母親とやらの衣服を着せて逃げたってのか? なら、その使用人の衣服もどこかに捨てられてる筈だな。桐弥」
「ああ、先に屋敷に連絡しておこう。軍曹」
「はぁい。連絡してきまぁす」
豊満な胸を揺らせながら、彼女は霊安室を去った。