第一章 夏の夜の出来事
四 隕石の正体
「宇宙船だ。夕べ落ちたのは宇宙船だったんだ。警察に知らせよう」
啓一が携帯を見ると電波を感知できていないことが分かった。
「ここも電波が届かない所なのか。お前の方はどうだ」
啓一に促されて節子も自分の携帯をバッグから取り出す。電波はやはり届いていない。
「ここは電波が届かない場所なのよ。少し歩くと、電波が届く所があると思うわ。そこから電話をしようよ。その前に写真を撮っておこう」
そう言うと、節子はスマホを使って写真を撮った。それから二人はもっと近付こうとして沢を下りる。テレビの緊急ニュースで、異変を見つけても決して近付かないようにと言われていたのを、二人は完全に忘れている。近付くにつれて、大きさもはっきりしてきた。ニュースでは、隕石の大きさは直径五メートルだと言っていたが、宇宙船の大きさもそれくらいに見える。二人は原生林の深い笹薮に足を取られながら沢を進んだ。二人が宇宙船から一〇メートルほどにまで近付いたときである。
「あっ、中に赤ちゃんがいる!」と節子が叫んだ。
啓一が節子の声に驚いてよく見ると、確かに赤ん坊が一人小さい箱の中にいて、包まれた毛布から両手を出して指を動かしている。そのとき、赤ん坊のそばに巨大な蜘蛛のように見える生き物が現れた。
「きゃー、何あれ? 赤ちゃんが食べられちゃうっ!」
節子は、両手で啓一の胸にしがみついた。啓一は体を硬直させてその生き物を見守る。巨大な蜘蛛は、大きい目で二人をぎょろりと見た。それから、脚を縮めて赤ちゃんの顔を舐めるようにして覗き込む。
「ぎゃーっ。赤ちゃんが、赤ちゃんが」と節子がまた叫ぶ。
巨大蜘蛛は、自分の顔を赤ちゃんが入っている箱に優しくこすりつけると、再び頭を持ち上げた。蜘蛛の大きさは二メートルもあろうかと思われる。アシナガクモのように見えるが脚は四本である。さらによく見ると、巨大な目だけは人間のようなまなざしをして、優しさを湛えている。
表情は落ち着いていて穏やかだ。顔は大きく、赤い蕪のように横にやや丸みを帯びて細かい毛で覆われている。首は長いが腕はなく、樽のように丸みを帯びた胴体からは、細くて長い四本の脚をしなやかに動かす。脚には関節がなく、吸盤のないタコの足のようにも見える。
顔を含む全身が細かい羽毛のような毛に覆われているため、初めは蜘蛛に見えたがタコのように見えなくもない。これまでに同定できる生き物はなさそうだ。