その翌日、和枝に急きょ帰宅許可が下りた。廉が手の怪我の後処置で病院の外来が入ったのと、そもそも車のハンドルが握れなくなったため、タクシーで帰って来てもらうことにした。K大病院の玄関前から乗ったのは個人タクシー。運転手さんは髪は真っ白いけれど歳は廉くらいかな、と和枝は思った。
「藤沢の善行までお願いしたいのですが」と言うと、彼は後ろを振り向き和枝の顔を見てから、「今の時間なら道は空いているから、圏央道からじゃなく下道から行きましょうか。高速代もったいないしね」と親切に提案してくれた。
タクシーなど滅多に乗ることのない和枝は心底ホッとした。運賃がどれくらいなのかも見当がつかないし、長距離を、見知らぬ運転手と二人の道行きになるのが何より気重だったのだ。窓を二センチほど開け、すっかり秋めいた風が入ってくるのを心地良く感じていた。
座間、綾瀬と下道を安全運転で運んでもらいながら、和枝はいつの間にか自分の方から病気のことを話していた。
「どうしてこんなことになってしまったのか、自分でも気持ちの整理がまだ付いていないんですよ」
和枝がそう言った時だった。料金表示が七〇〇〇円台に入ったのとほぼ同時に、運転手さんがメーターを切ってしまったのだ。慌てて外の景色を見回す和枝。まだ湘南台のイトーヨーカドーの辺り。善行までは電車でまだ二駅分はある。
「どうされたんですか。善行までお願いしたんですけど」
「大丈夫、分かってますよ。ちゃんとお宅までお送りしますから」
「でもどうしてメーターを?」
「いいんです。料金はもう十分いただいたので」
十五分後には家の前で降ろしてもらったが、料金は、とっくに止まっているメーターに表示された金額しか受け取らなかった。和枝は家に駆け込み、「ちょっと出てきて」と大声で廉を呼んだ。二人で通りに出た時には、タクシーはすでに五十メートル先のT字路を左に折れ、姿が見えなくなるところだった。