二、女の欲
八菱商事分煙スペースで、残業終わりの〈お疲れアイコス〉を煙らす、ふたりのビジネスパーソン。一人は制服に未来を乗せた新人。もう一人は制服に過去が染みついたお局様。
「あっ、取締役。お疲れさまですぅ~」
お局が分煙スペースに顔を覗かせた佐竹雄作に、女の顔を作ってみせた。
「お疲れさま。君たちはたしか経理課だよね?」
佐竹が聞くと愛嬌よく「はい」とふたりはうなずいた。
「純一、いや真下君見なかった?」
「真下さんなら定時で、いつもどおり帰りましたけど。今ごろマイホームじゃないですかぁ。真下さんになにか?」
お局の声のトーンから真下純一を侮っていることがわかった。それが佐竹には不愉快だった。
「いや、たまには飲みにでも行こうかと思ってね」
「そういえば取締役と真下さん、同期でしたよね」
「あぁ、いつも一緒につるんで遊んだもんだ」
お局が「うふっ」と手で口元を隠す。
「ん? なにか変かな」
「いえ、あまりに不釣り合いに感じたものですから。典型的な勝ち組と負け組の組み合わせなもので、おかしくて」
「今どき勝ち組って言葉はあるの? で、私はどちらかね?」
「決まっているじゃないですか。どう見たって勝ち組ですよ」
「……私が勝ち組? 一体私はなにに勝ったというのかね。勝った覚えはないけど」
お局様は「まぁ!」と大げさな表情をみせ、新人に〈あなたも私のために言葉を使いなさいよ!〉と、あざとい目力で見つめた。
「き、決まっているじゃないですかぁ、じ、人生にですよ」
と、新人は急いで脳内の引き出しから言葉を絞り出した。
「そうですよぅ。名誉に財産、それに取締役はダンディですしね。女性が放っておかないわ。それに比べたら真下さんは……ねぇ」
「おいおい、言いすぎだぞ。人生なんて一長一短でたいして変わらないものだ」
佐竹はわざとらしい寸劇を演じる二人に呆れ、背を向け足早に立ち去った。