ヤマハのキーボード
高井先生との面談は翌日、夕方五時半からの遅いスタートとなった。
「会議が長引いちゃいました。申し訳ありません」
と、ミーティングルームに入ってきた高井先生は面やつれして珍しく滑舌も悪かった。同席した研修医の橋田先生に至っては途中から舟を漕ぐありさま。それを見ても廉には怒りの感情など全く起きず、「医師も相当の激務なんだろうな」と、ちらっと思った。
「平林さん、二クール続けての治療お疲れさまでした。初めての抗がん剤は本当にきつかったと思います」
高井先生の表情は冴えない。何が飛び出すのだろうと廉は気が気ではない。
「早速本題ですが……」と高井先生はそこからノンストップで語り切った。
「シスプラチンとゲムシタビンを使った二クールの治療ですが、残念ながら効果が認められませんでした。レントゲンの結果では、原発巣に縮小の兆しもあるかなと見ていたのですが、CTで確認するとその逆で、治療前の一・二倍の大きさに増大していました。効果が得られない以上、体にとっては毒でしかありませんので、すぐに薬を替えます。
新しい薬はネダプラチンとナブパクリタキセルといいますが、今までの治療はカウントせず、新しい二種でスタートする今回を一クール目として、三~四クール行うことをめざします。
日程ですが、十月一日にネダプラチンとナブパクリタキセルの二種投与、八日にナブパクリタキセルのみ、さらに十五日にもう一度ナブパクリタキセルを投与してから一週間空けます。そして二十九日に二クール目がスタート、という運びになります。空き一週間のタイミングで帰宅してもらえるのですが、今までより家に居られる時間はかなり減ってしまいます」