「ケアタイマのプロトタイプの完成の目処が立ちました。日本にお戻りになったらご一報をお願いします」
メールは、ある高級老人ホームから依頼を受けて取り組んでいる利用者介護システム「ケアタイマ」の試作プログラムの開発状況を知らせるものだ。文面は事務的で、自殺をほのめかすものは微塵もなく、左沢が旅行から戻ったらすぐに会いたいとすら言っている。このメールを発信してから福島の山中で死ぬまで、周平の身にいったい何が起きたのだろうか。左沢は、腕を組み、目を瞑り、大きく息を吐いた。人懐っこい目をした周平の浅黒い丸顔が浮かんでは消えた。
次に、左沢はパソコンを操作してレンタルサーバーにアクセスした。レンタルサーバーとは遠隔地に置かれた賃貸のコンピューターのことで、インターネットを経由して利用する。それは銀行の貸金庫のようなもので、高度なセキュリティーが保障されており、重要な資料の保管に適している。
サーバーは、作成したプログラムや書きかけの原稿の退避先として契約したものだが、周平にも一部使用を許し、共同で開発するプログラムやデータを共有できるようにしている。完成の目処が立ったと連絡してきた試作プログラムも、保全のために、そのコピーがこのサーバーに格納されているはずだ。
サーバーとの接続が完了すると、フォルダのリストが表示された。フォルダはプログラムやデータや文書を入れる箱のことだ。したがって、フォルダのリストは書類箱の一覧ということになる。左沢は慎重にフォルダを一つひとつマウスで追っていった。
「ん、あったぞ!」
思わず声を出した。矢の形をしたポインターのその先に、そのものズバリの名前のフォルダがあった。