【前回の記事を読む】入院中、担任が持ってきた皆からの千羽鶴と手紙を疑ったワケ
第一章 傷を負った者達
体臭のこともさることながら僕は勉強も出来なかった。
成績は学年で最下位。成績はいつも赤点だったので、周りが天才に見えた。どうして、皆勉強が出来るのか? 不思議でしょうがなかった。自分の馬鹿さ加減に嫌気がさして夜中に他の兄弟達に声がもれないように布団に包まり真剣に頭をよくしてくれと自分の手の平を見て、神に祈ったことがある。
それくらい、勉強が苦手だった。しかし、その祈りが通じたようで現在は読書が好きで毎日読書三昧なので願いが叶ったようだ。ありがとう、神様。
しかし、当時は勉強が嫌いで手をつけられなかった。自慢じゃないが僕は宿題をやった記憶がない。威張ることではないが先生に怒られるのは怖かったがそれ以上に宿題がイヤだった。
僕は自由を愛し自分の時間を大切にしたかっただけなのだが、先生も親も許してはくれない。親も心配して塾に通わせたり、父に集められて兄弟皆で勉強会を開いたりしたがすべて無駄だった。人のせいにするのもなんだが父の教え方も悪かった。
父は眉を顰めて問題が出来ない僕に言う。
「こんなことも出来ないのか」
しまいには子供と競って出来ない僕を馬鹿にしたように「俺はもう出来た」みたいなことを言う。
おかげで自分は勉強ができない駄目な人間なんだと思うようになった。父には勉強が苦痛で嫌いな子供になるように教育された気がする。やはり、一番身近な人間関係である親から否定されるのはいいものではない。勉強嫌いになった要因の一つである。
そんなこんなで暫くしたら兄弟は誰も集まらなくなり勉強会は自然消滅した。呆れた顔で母が言う。
「成績のことは諦めたわ」
僕と目を合わさず、おでこにシワを寄せながら吐き捨てた。人知れず、勝ったと心でガッツポーズをとった。これで自由だ。僕を縛り付ける宿題はなくなったのだ! いや、なくなってはないが……。
これで毎日ゲーム三昧だと意気込んだが現実には己の日々の行いが反映してくる。
だが、それも仕方がないことだ。学校に行けばイジメにあう。家に帰れば父が母を怒鳴って、ときには母に新聞を投げつける。そんな大人の事情を見せつけられれば、子供の教育上良くない。現実から逃げたい僕は、父が母を怒鳴っている声が聞こえても耳を押さえて二階に逃げる。学校から帰ったら、宿題があろうがゲームを優先する。