明夫が新しい筆を買いたいと言うと「ぼくも行く」と城田がついてきたのだ。
この小川商店というのは普通の商店なのだけれど、学校に塀やフェンスがないので、中学校の敷地に接してほんの数坪の小さな店を開いており、体育館へ行く渡りからすぐ出入りできた。
主に文房具や運動具など中学生向けの学用品、それにパンや牛乳や弁当のおかずまで売っていたので、昼休み中でも中学生がそこで買物をするのは許されていた。要するに学校の購買部と同じ役割を果たしていたのだ。
そこで明夫がどの筆を買おうかといろいろ物色していると、突然、ガチャンと音を立てて棚の一つから文房具がたくさん落ちて床に散らばった。「あれ、あれ」と言いながら、店の小母さんが元通りに直し始めたので、明夫と城田も一緒に元通りにするのを手伝った。
その後、明夫は筆を買って教室に戻ったのだが、城田は新しい墨を持っていた。彼は何も買わなかったはずなので、不思議に思って、「君も買ったのか」と訊ねると、城田は笑いながら、「いや、今もらってきた」と答えた。
あの棚を引っ繰り返したのも彼がわざとやったらしい。片付ける振りをして盗んできたのだ。
「そんなことしちゃ駄目じゃないか」
明夫が非難すると、城田は「平気だよ。こんなこと」と言うのだった。
こういう盗みのことを万引きというのだろうか、明夫はそう思っただけで、それ以上城田を非難することができなかった。
城田の家がどんな職業かも知らなかったけれど、そう裕福でないことは確かだった。多分、貧乏だったと思う。それに彼を爪弾きしている同級生がいることも知っていた。だからといって万引きが許されるわけではないけれど、なぜかその時は許せるような気がしたのだった。
とにかく何事もなかったように、その後も付き合っていた。今でもこのことは誰にも言わないで、心の中にしまってある。
中学時代の思い出話などをしゃべりながら一回りして、常雄はまた自動車学校まで戻ってくれた。
明夫はいつものように帰途についたのだが、バイクで走りながらいろいろ常雄のことを考えた。中学卒業から今までの七年間という月日は長いから二人が変わっているのは当然としても、あの真面目だった常雄がかなり変わってしまっているようにしか思えなかった。
巡査のことをお巡りと呼んだり、大企業の養成工という条件のよい就職先を一年も経たないでやめてしまったりというのも、中学時代の常雄からはちょっと理解できないことだった。