和枝は二クール目では、初回より苦しまずに治療を乗り切っていた。
一クール目と一緒で、体に起こる変化をリアルタイムで細大漏らさずメールしてくれた。
夜の九時半、レイアウト作業をしていた廉に、寝る前の和枝から届いた。
「廉と遥にたくさんのありがとうを言いたくて。幸せだなあとしみじみ思ったよ」
この三カ月、和枝と廉は奈落の底に何度も落ちた。目の前の風景も一変し、心も悲しみにじわじわ覆われていく。そうやって過ごしてきた。
それでも和枝はその先の未来をじっと見据えている。たとえ今はベッドの上にいても、廉や遥のために何をすべきかしっかり考えてくれている。和枝の精神は病を得る以前と何ひとつ変わっていないのだ。
メールの「幸せ」の二文字に、廉は新鮮な空気を届けてもらったように感じていた。
廉が午前一時半に帰宅すると、ポストには回覧と配布物が突っ込んであった。数年に一回巡ってくる町内会の組長を七月からやっていたのだ。
玄関を開けると全館明かりが煌々と。もうこれは仕方のないこと。遥が少しでも安心して眠ることができるのなら、ぜひそうしてほしいと思っている。
リビングとキッチンはきょうも戦場、凄まじい。
床も、テーブルの上も、シンクも、レンジ周りも、どうにも手の付けようのない散らかりよう。
「今夜はここから片付けるか」
廉は取りあえずシンクの前に立つことは立った。
とはいえ明日の朝になれば回覧板をセットし、配布物を持ってブロック内の各戸を回らなくてはならない。「そら」の散歩に、洗濯も待っている。そして出社だ。担当している県で市長選の投開票があるから明日は大忙しだ。
しかし大変なのは自分だけではない。「遥もとても苦しんでいる」と思った。
遥が使った器を見れば一目瞭然だった。廉が作っておいた味噌汁には手も付けず、チキンラーメンと冷凍ごはんをチンして夕食を済ませたようだ。
水道の水を細く流しながらも、廉はちっとも手が動かず、またしても真夜中の時間が過ぎていくのを呆然とそのまま見送っていた。