【前回の記事を読む】「すぐに退治できよう」高を括る松永だったが…予測不能の大乱戦が始まる
永禄六年(西暦一五六三年)
そうしている隙に、儂の居城の一つである信貴山城が、筒井勢の兵三百に乗っ取られ、翌日には千五百にまで膨れ上がった。多武峰に気を取られている間の、全くの不意討ちであった。
「千春様には多聞山城へお移りいただいた後で良うございましたなぁ。それにしても山口と宮部は何をしておったのだぁ」
信貴山城留守居役である山口秀勝と宮部与介の不甲斐なさに、竹内秀勝は少々怒り気味に顔を顰めた。
「秀勝、兵を退くぞ」
儂は即、奈良盆地の南端の多武峰から兵を返し信貴山城を囲むと、城に籠る筒井方の城兵に調略を仕掛けた。
「多武峰との和睦が成っておらぬのに、こんなに早く儂らが戻って来ようとは、奴らも思っておらなかったようじゃな」
儂の迅速な用兵に、籠る筒井勢の慌てようが遠目にも見て取れた。
「寝返り者が必ず出て参りましょう」
竹内秀勝も同じように見ているらしい。調略を仕掛けると、案の定、籠る筒井勢のうち小黒と森の二人の将から寝返りの申し出があった。
新緑が山に映えてきた五月、
「頃や良し」
と断じた儂は、城への総攻撃を命じた。
申し合わせた通りに小黒、森の両氏が寝返り、勝手知ったる信貴山城とあって、難なく攻め登り、奪還に成功した。ただ、折角築いた信貴山城の大方は焼け落ちてしまった。