【前回の記事を読む】退院帰り、窓から人の流れを眺めていた妻のまさかの行動に…

巨大な三角

和枝が帰った日から、家全体が息を吹き返した。生活も、ところどころ出かかっていた錆が綺麗さっぱり姿を消した。

和枝はやみくもに家事をするようなことはなく、動きたい気分の時を狙ってちょっとだけ負荷を掛けて雑事をこなしていった。一番の懸案は遥と廉の夕食だった。

コンビニ店が毎朝宅配してくれる弁当だが、これを二週目くらいから遥が全く受け付けなくなっていた。最初は結構喜んで食べてくれたのだが、今では蓋を開けたときの、ごはんとおかずの混じった匂いを嗅いだだけで食欲が失せると言う。遥は、このところ毎晩、即席のチキンラーメンに卵を一つ落とし、後はキュウリとトマトのサラダで済ませている。

和枝は夕方、遥と一緒に近所のお弁当屋「チロル」に行き、メンチカツ弁当を頼んだ。ここは注文を受けてから目の前で揚げてくれる昔から馴染みの店だった。遥は大満足で「うんめー」を連発した。これだって同じ弁当なのに、と和枝は思ったが、「手作り感」のあるなしの違いが大きいとは分かっていた。

和枝は姉の真咲とも相談して、家事代行を頼んでいるグループホームに、週二回の夕食づくりも追加発注した。一回のサービスでおよそ三食分を作ってくれるので、これで夜に留守番をする遥の夕食は確保できるめどが立った。

廉は、引き受けた講演の準備に追われていた。

プロジェクト勤務の間、新聞製作に関する資料を探したり、原稿を書いたり、ほとんどの時間を本館七階にあるデータベースセクションの閲覧室で過ごした。日が落ちてからが忙しくなる朝刊編集に長年携わり、「夜勤」が体に染みついている廉にとって、朝から夕方までの慣れない勤務時間ではあったが、「昼働くのも悪くないな」と感じていた。

これなら和枝との時間もぐっと増やせるし、今後のことを考え、昼勤務の職場も社内でちょっと探してみようかなと思ったりもした。講演で話したい素材は出揃い、原稿も一週間ほどで何とか形になった。