【前回の記事を読む】2匹の子猫は小さく口を開け険しい表情で〈デスゲーム、スタート〉

第1話 崖の上で啼(な)く猫とゲームの始まり

翌日、淑子の家で

「ほら、猫がいるよ」

丈太郎(じょうたろう)は2匹の猫を発見し、姉の淑子(よしこ)に声をかけました。

「ヨッシー、猫かわいい」

19歳の淑子と弟で12歳の丈太郎は2人っきりのときだけジョー、ヨッシーと呼び合っていました。

「えっ、猫? どこ?」

「納戸だよ。かわいいなー。白と茶と黒でさあ、白が多いかな、顔の半分は茶色でさ、頭から背中が白いんだ。脇腹とか手足は黒いよ」

淑子は冷静に話しました。

「昨日、山で頭を打ったかもね。病院で診てもらったら?」

「ひどいよ、ヨッシー。病気じゃないよ」

「ジョー、それどころじゃないでしょ。明日引っ越しよ」

「もう1匹は真っ黒。目がギンギンに光ってヨッシーを見ているよ」

霊山の帰り道で、丈太郎は小鳥が話しているとか大木がつぶやいているとか言って、迎えの八重子を気味悪がらせていました。

しかし不思議なことに、 丈太郎の話を聞いているうちに、なぜか淑子にも見えてきました。

「ジョー、少し見えてきたわよ、姉さんにも」

「かわいいでしょう! ねえねえ、飼ってもいい?」

「絶対におばばに叱られて、子猫の行き先は阿武隈川ね」

「そんなのいやだ、絶対いやだー。僕も川に身投げするー」

身投げ……。

そんな言葉を使う弟の背中を、淑子はいつの間に成長したのかと思いながら見てました。

「わかったわ。見つかんないように飼いましょうね」

「ありがとう。花嫁列車で2匹の子猫はリュックサックの中だね」

淑子は少し笑顔になった丈太郎に話しかけました。

「ねえ名前さー。ヤエーなんかどう?」

「ヨッシー、誰の名前を付けるの?」

淑子は、口を結んで首を振りますが、表情が笑っていました。

「名前はね。えーと。黒猫がねうじ。三毛猫がねうぺさ」

「えっ、もう名前付けたの?」

「いや、そうじゃないんだ、この子たちが言ったんだよ」

「私は、ねうじですって?」

「そう。自己紹介ってやつじゃない?」

「嘘おっしゃい」

淑子は納戸の戸をこぶしでたたきました。

「ほんとうなんだってばー」

「まだまだ小学6年生の子供ね」

しかし、いままでおぼろげにしか見えなかった2匹の猫の姿が、くっきりと周囲の暗がりから浮かび上がってきたことから、嘘ではないのかもと思い始めました。特に黒猫の目がランランとしてきたことに淑子は驚いて、一歩後ずさりしました。

すると、黒猫は赤い舌を見せながら淑子に話しかけたのです。

〈淑子さん、丈太郎さんは嘘つきじゃないのさ〉

淑子はめまいがしましたが、猫の言葉に慎重に返事をしました。

あなた・・・、黒猫さん?」

〈ねうじだ〉

低い声が納戸に響きました。

「そう。よろしくね」

〈こっちがねうぺだ、よろしく頼むぞ〉

黒猫が三毛猫にあごをしゃくって見せたので、淑子は背筋に冷たいものを感じました。