私は震えていた。あの人の前でいつもそうだったように。もうとっくに忘れたと思っていたが、そうではなかった。忘れられるはずがなかった。

過去が一気にフラッシュバックした。あの人の笑顔、あの人の匂い、あの人の声。あらゆるものが脳裏に刻み込まれていた。あの人は私のすべてだった。

あの人に出会わなかったら私はまったく違う人間になっていただろうし、まったく違う人生を歩んでいただろう。普通に結婚し、家族を作り、平凡な日常の中に幸せを見出す人間になっていただろう。それこそが人生だと疑いもせず。

でも、あの人は平凡に生きることだけが人生ではないことを教えてくれた。常識にとらわれず、ときには疑い、欲望に忠実になり、したいことをして、世間からはみ出す人生にも意味があることを教えてくれた。

いや、教えてくれたのではない。ある意味、洗脳したのだ。まだ一人の力では未来の生き方など決めることもできない幼い私を。あの人は勝手に私の人生に入り込み、その方向性を決めてしまった。そして気づいたときにはもう私は元の道に戻れなくなっていた。

私はあの人を恨むべきだろうか? 幼い私を振り回し、その心をズタズタに引き裂き、価値観を狂わせ、世の中の見方を変えてしまったあの人を。世間はあの人を単なる犯罪者だと言うかもしれない。そして私を犠牲者だと思うかもしれない。でも、はたしてそうだろうか。

あの人は確かに大きすぎる力で私を変えてしまったが、変わることを誰よりも喜んだのは私自身ではなかっただろうか。つまらない人生に決別できることに興奮し、自ら危険な世界に飛び込んでいったのは、私の意思ではなかっただろうか。

被害者? とんでもない。私は共犯者だった。あの人にされたことは私が望んだことだった。あの人もそれをわかっていた。だから私たちはともに堕ちていったのだ。けしてあの人に引きずられたわけではない。私もまたあの人を引きずり、あの人もまた私を引きずったのだ。

心が張り裂けそうだった。私は叫びたかった。でも、それが怒りなのか、悲しみなのかわからなかった。ただ思いが溢れて、一人では抱えきれなかった。

私は最前列の椅子に座った。まだ心臓はぐちゃぐちゃになった感情のせいで高鳴っていた。私は大きく息を吸って吐き出した。まるではじめてあの人によって体を滅茶苦茶にされたときのようだった。体の奥底がさっきよりも熱くなっていた。

 

次回更新は12月25日(水)、22時の予定です。

 

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