第1話 「さくらの生まれた家」

私が今まで生きてきた道のりを皆さんにお伝えしていこうと思い、筆を執りました。

私の生きてきた人生は、皆さんの考える“普通の人生”とはずいぶん違います。まるでテレビドラマの様なものではないでしょうか。

でもこれが現実なんです。周りに助けを求められず、独り苦しむ少女がいたのは事実であり、何やってるんだとかさくらはばかだなとか思いながら読んで頂けたらと思います。

また周りの方にご迷惑になってはいけませんので登場人物や地名などは変えさせて頂きます。主人公(私のことですが)さくらは仮称です。

本作品の目的は、さくらの身に起こった出来事からこんな人生を送っている人間が実際にいるんだ、こんな人生でも何とか生きて行く事が出来るんだと、人生をあきらめようとしている人達がこの物語から感じていただくことが目的です。自分の人生はまだ捨てたもんじゃないなと一人でも前向きに考えていただける人がいれば私はとても嬉しく思います。

さくらは問いかけます。私はこんな風にしか生きてこられなかったけれど、もし、あなたの人生が、こんな感じだったら、あなたはどんな選択をして、どんな風に生きて行くのでしょうか?

私は、小さな田畑をしながら地元で働くおじいちゃん、おばあちゃんとひいおばあちゃん、その家の次女に産まれた母と、地元で町工場を経営する家に産まれた父との間に産まれた長女です。私は後で知る事になるのですが、母は私を妊娠する前に一度中絶しているらしいです。母が最初に妊娠した時に、体が小さく体力もなかったので、おばあちゃんが中絶する事を勧めたそうです。

もともと父と母とで古いアパートに住んでいたそうですが、私が産まれたので、母の実家の敷地内に平屋の2DKの小さな小さな家に移り住みました。

母の実家はとても田舎です。家の前には主要道路が一本通っていて、おばあちゃんは「かいどう」と言っていました。

家の裏には川があり、おばあちゃんが汚れ物を洗ったり、ねずみ獲りにかかったねずみを沈めたりしていました。「ねずみは仕返しにくるからね」とおばあちゃんが言っていたのはちょっと怖い思い出です。

また、今では考えられないですが、家庭ごみも河原で燃やしていました。

あとはどっちを見ても山と田畑ばかりで5分ほど歩いた所に集会所とたばこ屋さんがあり、私もよくおじいちゃんやお父さんのたばこを買いに行きました。このたばこ屋さんには、アイスクリームにジュース、駄菓子が売っていたので私の楽しみのひとつでした。

日用品や鍬や鎌などを売るお店まで歩いて20~30分かかりました。ひいおばあちゃんがまだ元気な頃は乳母車に乗せられて買い物に行き、しるこサンドをよく買ってもらっていました。

スーパーと呼べるお店まで行こうと思うと車で20~30分かかるというほどで、酒やジュース類は酒屋さんにケースで届けてもらいました。灯油も大きなドラム缶に入れて、もらっていました。

トイレはくみ取り式で母屋のお風呂はごえもん風呂でした。私がお風呂で暴れるとげす板が浮かんできて大変でした。

おじいちゃんは庭をとても美しくしていて私が歩く様になる前までは裏庭に池があり、錦鯉が泳いでいたそうです。夏になると田んぼにはたくさんホタルが飛び交っており、それはとても美しくて私は大好きでした。

私はまるで男の子のようにわんぱくで手にひしゃくのおもちゃを持って遊び回っていました。

ここまで読んで、読者の方は不便そうで住みたくないと思ったかもしれませんが、小さい私には楽園のようですくすくと育ちました。

幼稚園に入った私はいつもズボンをはいてどろんこになって遊び、その様子を見て母は、「さくらは男の子みたい」と言っていました。スカートをはいた事はありませんでした。そして幼稚園に入った頃から、おとなりのつばきちゃんと知り合い、毎日楽しく遊びました。

私は知らなかった衝撃的な事件が起こりました。

私は一人っ子だと思っていましたが、実は2つちがいの妹がいたのです。私が3才になる前に妹が産まれていたのですが、おばあちゃんが母には2人の子どもを育てるのは無理だと判断して母屋で育てられていました。

妹のすみれはおばあちゃんに連れて行かれて母屋でずっと育てられていたのですが、私もよく母屋に行っていたはずなのにすみれとは出合う事がありませんでした。

おばあちゃんが、私とすみれが会わないように隠していたのかも知れません。今考えると不思議な話でおばあちゃんは何故そんな事をしたのでしょう。

そんなすみれも自分で歩くようになり自分で自由に外に出るようになると、おばあちゃんもいつも見ているわけでもないので私とすみれは出合う事になります。

私は自由に母屋と自分の家を行ききしていたので、いつものように遊んでいる時すみれと出合いました。

「なー、あの子誰?」

母に聞くと、「あれはすみれ、あんたの妹」だと聞かされました。私はとても驚きました。妹って何だろう? いつからおばあちゃんの家におったんだろう?

「なんで一緒におらへんの?」と当然の疑問を母にぶつけます。

「あれは、おばあちゃんが連れて行った子だから、もう私の子供じゃないんだよ。」とそれだけ。

父も「お母さんが自分の子供じゃないって言ってるからすみれは育てないよ。」と言いました。

私には、父と母が言っている事がよく理解できませんでした。

妹だけど、父と母の子供ではないという事は、すみれとは仲良くしてはいけないのでしょうか。

今考えると無責任な大人です。この後、無責任で自分本位な考えに私は幾度となく苦しめられました。

私の家では犬を飼っていました。白くて毛の長いマルチーズ犬は、「まるこ」という名前でした。私がハムをまるこにあげようとすると、いつも飛びかかって来ました。

まるこは私のはいているズボンの裾を噛んでボロボロにしていましたが、私はまるこが大好きで、抱っこしたり、なでたりして大事にしていました。

ある日、母は私に言いました。

「さくら、まるこをよそへあげることにしたからね。それともうじき弟ができるからまるこを飼えなくなるんだよ」

「何で!まるこを連れていったら嫌だ。」と駄々をこねていました。それでもお構いなしに、まるこは私の知らない間にどこかへ連れて行かれてしまいました。

やがて弟のだいちが産まれました。だいちが家にやって来た時の事や産まれたばかりの頃を私はあまり覚えてはいませんが、初めての男の子なので跡取りだのなんだのと大人達は大さわぎであったことは覚えています。

それよりも私は大好きなまることのお別れの方がとても悲しかったです。本当に勝手な大人たちです。まるこを母屋で飼うという手段を考える事ができなかったのでしょうか。

大人達はだいちの為に山から大きな背の高い木を切ってきて、クレーンで吊り上げ庭に立てました。鯉のぼりも高く上げられました。町内で一番よく目立つように、一番大きくてキラキラ光るものを選んだと父と母は言っていました。

それは、私の時もそうだった様で、私の雛人形は八段飾りで市松人形が2体一緒に飾られていました。

私が幼稚園に入って、となりの同級生の女の子つばきちゃんの雛人形を見に行ったら七段飾りで一段多いので私の勝ちだと思っていました。

私には他にも母屋の座敷にスベリ台と外に2人用のブランコが置いてあり、本もありました。いつもつばきちゃんと庭でブランコに乗ったり、パズルを組み立てるスピードを競争したりして遊びました。

だからすみれとは遊びませんでした。すみれはいつも一人でおじいちゃんおばあちゃんの部屋にいました。

私が小学生に入る時に、母がかわいい手提げカバンを作ってくれました。かわいい刺繍がしてあって、私はとっても気に入って大事にしていました。

遠足に行く時のかわいいリュックサックや水とう、私の好きな物が入ったお弁当も、どれもこれも母が用意してくれて私は優しい母が大好きでした。

父はとてもきびしくて、私はよくしかられました。当時テレビのチャンネルを変えるのにはテレビに付いているボタンを押さえなければならなかったので、すぐに、近くに行かなくてもチャンネルを変えれるように細い木の棒を使っていました。

私はおぎょうぎが悪いと、その細い木の棒で叩かれていました。

当時はどこの家でも子供は親に叩かれているものだと思っていましたが、お風呂で20かぞえるまでは出てはいけないと見張りに来たりして本当に怖くて、私は父が嫌いでした。父が食べているお菓子が欲しくても怖いので母に一緒に行ってもらったりしていました。

一度すみれが、父のコレクションのビンに入った小銭を盗った事があって、その時は納屋にとじこめられてしまいました。外にすみれの泣き声が聞こえてきて、すごく怖かったのを覚えています。

私の事を大事にしてくれたひいおばあちゃんが亡くなりました。私にとって初めてのお葬式という行事ということで見た事のない親戚の人や近所の人達、たくさんの人達が集ってとてもにぎやかで、遊んでもらったりして何だか楽しい思い出です。

しばらくして、ひいおばあちゃんの部屋に行っても、どこを見てもひいおばあちゃんはいないので、本当にいなくなってしまったんだ、死んだらいなくなってしまうんだと寂しくなりました。

私は4年生くらいまではとなりのつばきちゃんと、外で竹馬に乗ったり、山や川で虫や魚を取ったりして遊んでいました。時々すみれもついて来ました。

お嬢様の様に何不自由なく育った私とは全く逆で、父母から何も与えられなかったすみれには何もありませんでした。雛人形もすべり台もみんなお姉ちゃんのものと言われて育てられました。

すみれはいつも私のお古を着て、私と同じ様なお菓子を食べている所も見た事がありませんでした。すみれは私がいない間に内緒で私のお菓子や物を取っていきます。

私はすみれの目を盗んで時々おまんじゅうを机の裏にかくしておきました。それをすっかり忘れてしまった事が何度もありました。

ある日の事でした。今まで男みたいな女の子だった私ですが、女子が皆んな持っているリカちゃん人形が欲しいと母に言ってみると、「さくらには人形なんて必要ないんじゃない」と言わました。

そこを必死に説得して買ってもらったジェニーちゃんのロングヘアが私が学校から帰るとおかっぱ頭になっていました。私はすみれをめちゃくちゃしかりました。

この頃の私はすみれがどうして私の物を取ったりいたずらばかりするのかをさっぱり分かっていませんでした。

いつものように私とつばきちゃんとで遊んでいると、すみれが包丁を持って母屋から飛び出して来ました。私もつばきちゃんもとてもびっくりして、2人は自分の家に逃げ帰りました。

私は、すみれがどうして包丁など持ち出して来たのか考えてみると、ほんの少しだけれど、すみれの気持ちが分かった様な気がしました。

いつも一人ぼっちのすみれは、どうしてお姉ちゃんだけ楽しそうにお友達と遊んでいるのだろうか。寂しさや羨ましさがあった事でしょう。

母にすみれにもリカちゃん人形を買ってあげる様に頼みました。私がすみれの為に母にお願いするのは始めてだったかも知れません。リカちゃん人形をもらったすみれはとても嬉しそうでした。

そして私はすみれとも前より遊ぶようになりました。