【前回の記事を読む】母親の不倫に絶望するも…「私さえ黙っていれば皆幸せだから」

第三章

新人である私たちはカウンター越し、それも結構な距離があるので初めてでも安心して接客ができた。本名で働く子もいれば、源氏名をつける子もいた。私はスケバン刑事の主人公から名前を取って「サキ」にした。御通しを作って準備し、お酒の作り方を学んで準備は整った。

「いらっしゃいませ〜」

ママが扉の開く音に合わせて声を出す。続いて私たちも。入り口からカウンターまでは擦りガラスで仕切られていて、通路を通ってくるまで誰が入ってきたか分からなかった。

「あら、田所ちゃんいらっしゃい」

男性がこちらに顔を覗かせた。

「りっちゃん、今日は新人さんが入るっていうもんだから早めに来たよ」

ママは律子という。ここではりっちゃんとの愛称で呼ばれていた。田所さんは地元では有名な地主だ。大きな屋敷がお店と私の家の間にあり、表札は田所だったのを思い出した。

「サキちゃん付いて」

指示された私は田所さんの前に立った。田所さんはどこか反町隆史を思い出させる容貌だった。あまり話さずにじっと私を品定めするかのように見ている。

「何か飲みなよ」

「ありがとうございます」

私はノンアルコールのジュースをお酒のように作り、田所さんはお茶割りしたチャミスルを口に含んだ。

「サキちゃんか。可愛いね。アナウンサーに似てるって言われない?」

「いえ、初めて言われました」

きっと揶揄われているだけだろう。アナウンサーなんて今まで言われたこともない。会話がみつからない。なんと話していいか考えれば考えるほど沼にはまっていく。

「緊張してる?」

「はい、初めてなので」

大した会話ができないので笑顔だけは頑張って維持し、何か話をしてくれれば面白そうに相槌を打つ。田所さんはお店のオーナーとも仲が良く、頻繁に飲みにきては店が閉まった後に別のバーに飲みに行っているようだった。ベテラン女性のサクラさんが遅番で入ってきたので、私と一緒に付いてくれた。

サクラさんのおかげで田所さんを楽しませることができた。田所さんが席を立った時、サクラさんから「田所ちゃん、サキちゃんのこと気に入ったみたいよ。ライン交換しときなさい」と言われたので、言われるがまま田所さんと交換した。これが田所さんと私の最初の出会いとなる。