第四章
「おはよう栄美華、今日の課題の準備どう?」
「あたしはバッチリだよ!」
「良かった! 昨日は私の作品にアドバイスしてくれてありがとう。助かったよ」
栄美華とは「霞」をきっかけに親しくなった。大学のデザイン室のドアはほとんど開きっぱなしになっていて、常に数名の学生が制作をしていたり、お喋りをしていたり、中には夜通しの作業に疲れて寝ている学生までいた。私と栄美華も遅くまで学校に残り、毎週行われる教授とのミーティングに向けて、各々の作品について試行錯誤していた。
栄美華はこれまでも順調に課題をこなしてきたが、陰での努力は底知れなかった。そんな栄美華を見習って、私も遅れを取り戻そうと心を入れ替えていたのだ。ミーティングの日は学外で制作をしている学生も学校に集まる。
いつもより騒めく教室でも、廊下から女性のヒールの音が鳴り響いてくるのが分かる。音と歩く速度や癖からそれが恵だと分かる。ドアから覗かせた顔はすでに懐かしく、恵と顔を合わせるのは「霞」の話を聞いて以来だ。
「霞」ではシフトが合わなかったので一か月以上ぶりだった。
「里奈……栄美華も久しぶり」
なにやら恵の様子がおかしい。
「どうした? 何かあった?」
恵は私と栄美華の腕を強引に引っ張り教室の端に連れて行った。
「わたし妊娠しちゃった……どうしよう」
「……妊娠? 確かなの?」
私たちは囁き声で会話した。栄美華は驚きすぎて大きな目が今にも飛び出しそうになっている。
「まさか大輔?」
恵は頭を横に振った。
「大輔の友達に赤い髪のパーマかけた男がいて」
あいつか。あの赤髪が苦手で逃げてきたから覚えている。
「わたしそいつとやっちゃったんだよね。実際はどっちの子か分からないの」
反省しているのかもしれないが恵の無責任さと無計画な行動に、体調を気にかけてあげることを忘れて腹が立った。
「何してるの。やっちゃったじゃないよ。今妊娠なんかしちゃってこれからどうするつもり? せっかく美大に入ったのに。ご両親だって悲しむでしょ」
「わたしに説教しないで。里奈にわたしの何が分かるの」
「待って、二人とも。今は喧嘩してる場合じゃない。恵の人生に関わることだから、しっかり考えよう」