「わかったわ! じゃあ、今日は帰るわ」
「ちょっと、折角来たんだし、コーヒーでも飲みながらさ……」
赤井は手が滑って缶コーヒーを落とした。そして省吾の方にエアリーを向けてボタンを押してしまった。
《今夜はエアリーどころじゃないや。コーヒーだけですむと思うなよ》
「ああ、私、やっぱり帰る! 誰よエアリーって? 何人の彼女!?」
「……おいおい、ちょっと待てよ! あのさ、エアリーっていうのはさ、エアーリーディングの略で、携帯エアリーっていうんだよ」
「やだー、えっ、そうなの? だけど、男の人ってそんなことばっか考えているのね」
「そうかもしれないけどさ、それが普通なんだよ。なんなら、お前の心の中もこれで読み取ってみようか?」
「やだやだ! やめてよ」
省吾は赤井に向かってボタンを押した。
《そんな、私の方から言えるわけないじゃない! 相田さんのこと好きだなんて》
「ふふ。やっぱりそうか! なるほど」
《何でそんな意地悪するのよ! そんなことしたら嫌いになるわよ》
「あっ、そうか、ごめん! この辺にしようか」
そのあとの出来事は言うまでもない。しかし、これで赤井にエアリーのことが完全に知られてしまった。他の刑事に知られたら、三百万は水の泡だ。
省吾は赤井のことを「紀香」と呼ぶようになった。二人がつき合っているということは他の刑事には内緒にしていたので、仕事では「赤井さん」と呼んでいた。
二人は、どうしたら犯人に辿り着けるのか考えたが、また部屋から指紋が見つかり、近所の人の証言で、ブラジル人、マテウス・メディロンが疑われた。そして指紋が一致。筆跡で遺書の文字とマテウスの文字が一致した。
他の刑事は捜査のパターンがあまりに単純で物足りないくらいだったが、事件が解決するに越したことはない。マテウスは否定していたが、犯人は大概否定するのが常だ。しかし、省吾はマテウスに質問を繰り返し、エアリーを向けて心の声を読み取った。
《ソコロ……》
ポルトガル語が出て来た。なんと言っているのか省吾にはわからなかった。
「ソコロですよね。マテウスさん」
「……ドウシテ?」
「僕の友達は少しだけ霊感があるんですよ。この携帯で心の声が聞こえるというか」
「レイカン? スゴイデスネ。シモンイッチ、イショ、ナゼデスカ?」
「そこまではわかりませんが、どこかで文字を書いたりしてませんか?」
すると、またわけのわからないポルトガル語がカタカナで出て来た。しかし、「ソコロ」の意味だけは自分のスマホで検索し、「助けて」ということがわかった。
「助けて」とは、マテウスは犯人にされそうだから助けてほしいということだろうか?