携帯エアリー

相田省吾、三十歳。刑事になって二年の月日が流れた。

大学時代に仲の良かった冬彦は、省吾を時々飲みに誘ってくれる。

ある日、冬彦の言ったセリフに省吾は仰天した。

「刑事の仕事はどうだ?」

「思った程でもないよ。犯行現場のどっかにさ、必ずっていうくらい、何らかの証拠が残ってるんだ」

「ふーーむ、お前さー、刑事の仕事やってて、もしかしたら誤認逮捕じゃないかと思ったりしないか?」

「たまに思うよ。でも、殺した瞬間を見たわけじゃないからさ、真実なんて誰にもわからないさ!」

「ドラマでさ、後半、決定的な証拠を掴むじゃんかよ。あれは、一時間か二時間ドラマで、時間に合わせて帳尻合わせしてるからうまいこといくかもしれないけどさ、実際、そんなうまくいくわけないよな」

「そうさ、指紋や遺留品が決定的な証拠って言うけどさ、事件の現場にわざわざ証拠を残す馬鹿いないだろ?真犯人は完璧なアリバイを作って誰かに疑いがかかるようにして、絶対に捕まらない作戦を取るだろうし、指紋も遺留品もすべてなくしとくってもんだろ?」

「じゃあさ、捜査や取り調べの時、人の心が読める携帯ってのがあったらどうだ?」

「そんなのあるわけないじゃんかよ!」

「やっ! それがあるんだよ」

「えっ?」

「俺は実際それを使ったことあるんだ」

「はっ? ウソだろ?」

「実はさ、俺の住んでたアパートに、エアーリーディングルームっていう部屋があってさ、空気を読んでくれる部屋だったんだけど……」

「うん」

「人の考えてることが空気でわかって、それによって部屋のテレビがついたり声が聞こえてきたりするんだ」

「へーーーっ、それが本当なら凄いな」

「それに『携帯エアリー』ってのがついててさ……」

「携帯エアリー?」

省吾は疑いながらも段々冬彦の話にのめりこんでいった。そして、冬彦は携帯エアリーについて語りだした。

「携帯エアリーは外まで持ち歩きが出来てさ、会社の人の考えてることが文字になって出てくるんだ。禁句や下ネタや悪口や隠し財産まで全部出てくるぞ」

「へーーっ、じゃあ、俺がその携帯エアリーを常に持ち歩けば、犯人か犯人じゃないかわかるってわけだよな」

「まあな」

「そりゃあいいよ!携帯エアリーを手に入れるにはそのアパートに住めばいいんだよな」

「あっ、うーん、それがさー、携帯エアリーどころか、エアーリーディングルームはもうないんだよ」

「はっ?どっかにあるだろ?全国に同じ系列のアパートがあるとかさ」

「アパートはそのまま残ってるよ。でも、その部屋はないんだ」

「この辺にはなくてもちょっと離れたところにはあるだろ?」

「あったとしても、刑事の犯人逮捕に使うのはまずくないか?」

「そうかな? だって、殺した真犯人がわかるんだぞ! それを使わないって手はないよ」

「うーーん。まあそうだな。……じゃあさ、そのアパートに管理人さんがいるからさ、その人に聞いてみるといいよ」