省吾は次の日、被害者である渡辺敏夫の聞き込みのふりをして、その例のアパート「マルチアパート」を訪ねてみた。アパートの隣に事務所があり、そこには普通のスーツ姿の中年で小太りの男がいた。
「お部屋探しですか?」
「いえ、あの、エアーリーディングルームが以前このアパートにあったと聞いていますが、ここにはその部屋はもうなくなっているというので、ここの系列の別のアパートにはまだ残っているかどうかお聞きしたくて……」
「なるほど。そういうことを言う方が時々私のところに来るんですがね、大体部屋よりも、携帯エアリーが目的で来ることが多いんですよ」
「えっ?それで、その携帯エアリーは今も存在するんですか?」
「やっぱりあなたもそうなんですね」
「や、……うーん、ま、それに近いかもしれませんが……」
すると、管理人はなぜかタメ口で語りだした。
「まあ、単なる好奇心なら教えないよ!」
「いえ、あの、その通りです!」
「何がその通りなんだい?」
「だからあの、その携帯エアリーが欲しいんです!」
「何のために?」
「実は、僕は刑事です。犯人逮捕に役立てたいんです」
「ふうん、いくらなら買うんだい?」
「じゃあ、あるんですね!」
「さあ?ないかもしれないよ」
「ありますよね」
「……じゃあ、一千万でどうだ?」
「はーーっ? そんなお金出せるわけがないじゃないですか!」
「いくらなら出せるんだい?」
「五万位なら」
「冗談言っちゃあいけないよ! その百倍の価値はあるからね」
「五百万? そうですか。帰りますよ。三百万なら買ってたのにな」
「それは駄目だよ」
「じゃあ、帰ります」
「気が変わったらまたおいで! でも、携帯エアリーはあと一つしかないから他の人が欲しがったらすぐに売るよ」
「わかりました。じゃあ、もう来ることはないと思いますが、もし売れなくて困っているようでしたら、名前と電話番号だけお教えしますのでここへ電話してください」
そして、省吾がその場を立ち去ると、
「トゥルルルル……トゥルルルル……」
――早々と……もうかけてくるのかよ。だったらさっき言えばよかったのに。
そして、ナンバーを確認すると、それはベテラン刑事の山川からだった。
「おいおい、お前、どこで油売ってるんだよ?」
「すみません。ちょっと、渡辺敏夫さんの知人の家に聞き込みをしてたんで」
「それよりさ、渡辺さんのアパートにあった指紋とこの前捕まえたやつの指紋が一致したんだ。間違いない! そいつが犯人だ! 尾藤三郎!」
「でも、指紋だけですか? 部屋に入っただけかもしれないし」
「アリバイも崩れたぞ! 飲み屋の女が犯行現場付近で尾藤を見かけたそうだ」
「それだけですか?」
「この人相だぞ! 言葉遣いも悪いし、前科者だ! 渡辺さんとは年も同じ二十代だし、服装も似ている。自殺に見せかけて毒殺したんだ。あとは本人に吐かせればいい!」
「わかりました」
しかし、省吾は本当は腑に落ちなかった。省吾は警視庁捜査一課に戻り、尾藤三郎の様子をガラス越しに見た。
「現場にあった指紋と、お前の指紋が一致したんだ! 犯行時刻にお前を見かけたっていう証言もあるんだぞ!」
「どこでだよ!」
「犯行現場のすぐ近くだ!」
「犯行現場ってとこには一度も行ったことはないんだ!」
「ウソをつくな! なんでお前の指紋がテーブルの裏側から出てくるんだよ!」
「知るかよ‼ 俺はやってない! それに、その殺されたやつは知らないやつだ!」
「もう逃れられないぞ!」
省吾にはわからなかった。しかし、五百万を出せばそれがわかるはずだ。あの、携帯エアリーがあれば間違いなく尾藤が犯人かどうかがわかる。