「あの、今管理人さんが持ってる方でいいので、安く売ってくれないですか?」
「私のものだよ。人の使っている携帯を売ってくださいってのは、かなり図々しい話だよ」
「すみません。じゃあ、一日でいいので貸してくださいませんか?」
「やだよ」
「いくらなら貸してくださいますか?」
「一日か、ふーーっ! じゃあ、十万でどうだ?」
「一日で十万ですか? もう少し安くならないですか?」
「わかった。じゃあ、三万で貸そう!」
「あ、ありがとうございます」
「でも、これは犯人逮捕にはつながらないよ」
「そうですか? でも、人の気持ちがわかればいいんです」
「いいかい? 一日だけだよ。その後は延滞料取るからな!」
「わかりました」
そして、省吾は三万円を払い、携帯エアリーを持って、警視庁へ向かった。部屋に入り、携帯エアリーのボタンを押すといろんな人の心の声が聞こえた。
《まったくっ! 昨日はひどい目にあったよー。女房にキャバ嬢からの名刺見られて散々追及されてさ、俺は仕事で行っただけなのに、何でわかってもらえないんだよ》
《あのクソ課長! 全く何様のつもりだよ! 俺の手柄を横取りしやがって!》
省吾は思わず笑ってしまった。そして、尾藤の部屋に行ってみた。
「失礼します」
「何だよ」
「いくつか質問してもいいですか?」
「けっ! どうぞ」
「あなたは殺人現場に行ってないと言っていましたが、本当ですか?」
「本当だよ」《ったく、何度言ったらわかるんだよ! 俺は現場には一度も行ってねぇんだよ!》
「そうですか、じゃあ、その時はどこにいたんですか?」
「俺のアパート」《また同じ質問かよ? 一人でアパートにいたっていう証拠はねえからって信じてもらえねえだろう? お前も同じだな》
「被害者との面識がなかったとおっしゃいましたが、本当ですか? 本当に一度も会ったことも話したこともないんですか?」
「会ったことはない。話したことは、声聞かないとわかんねえよ」《話したこと? 何なんだよ? 今度は音声データでも出てくるのかよ? 全く指紋と言い、筆跡鑑定と言い、わけわかんねぇよ。警察も鑑定士もいい加減だな。何をどうすれば俺が犯人になるんだよ》
「わかりました」
「ちょっと、何携帯いじりながら話してるんだよ! 何がわかったんだよ!!」
「あなたは犯人ではないということです」
「ええーーっ?」
尾藤はびっくりして、携帯エアリーを省吾から取り上げた。しかし、そこには文字はなく、画面には時刻が表示されていただけだった。
「あなたのことが知りたいのですが、事件とつながるような出来事をお聞かせください」
そして、省吾は尾藤から最近の出来事や交友関係を長々と聞いた。しかし、イマイチ手掛かりになる話はなく、その日のうちにエアリーを返しに行った。