【前回の記事を読む】制御できない能力…「この人の命を吸い取れって言うの?」

訓練

「お、やっと始まるのかい?」

死刑囚は呑気に声を掛けてきた。恭子はベッドに近づき、男の手に恐る恐る触れた。ごつい手だった。高杉君のときのような瞬間的な衝撃が起こらなかった事に安堵した。右手を握る。掌から死刑囚の体温のような「何か」がゆっくり流れ込んできた。

「おお……」

恭子が手を握るのを見ていた死刑囚は、握られた途端顔を仰け反らせ、呻き声を上げた。

「なんだこりゃ。こんな気持ちいい感覚は初めてだ……。まるで心が洗われるようだ……」

恭子は自分の腕にざわざわと流れ込んで来るものが、目の前に横たわる死刑囚の魂だと思うと、寒気と嫌悪感を感じた。異物が自分の身体に溶け込んでいく感覚に思わず手を離そうとした瞬間、死刑囚は手を握り返してきた。

めねぇでくれ。俺、こんな幸福感を味わったのは初めてだ……」

「手を離さないで! 自分の意思で流入をめるのです!」

止めろと言われても、方法が判らない。このままでは、この人の命を奪ってしまう。死刑囚とはいえ、私に他人の命を奪う権利があるのか。恭子は人を あやめてしまうかもしれないというこの状況に、恐怖を覚えた。

動悸が激しくなり、汗が噴き出す。

あせって手を振り ほどこうとするが、死刑囚の握力には勝てなかった。死刑囚の肌は張りを失いつつある。

何故?

何故、私にこんな力があるの?

恵比寿顔は、男を意識せず流れ込んで来る「熱」に集中しろだとか、「無」になるのです、とか叫んでいる。

恭子は動揺してそれどころではない。振り解こうとする手は、死刑囚の握力に完全に負けている。死刑囚は興奮のあまり、骨が折れんばかりに恭子の手を握りしめていた。

二人の手は眩い光に包まれる。暫くすると、流れ込んで来る「何か」に、恭子はある種の張力、抵抗感を感じるようになった。それがこの男の身体と たましいを結びつけている「根」だと、恭子は本能的に感じ取った。

祖母のときには感じられなかった感覚だ。祖母の場合、この結び付きがほとんど無くなっていたからだろう。