ジェンダー規範。舞子は、大学時代の恩師、鹿島瑞穂かしまみずほ先生の講義を思い出していた。瑞穂は、東京消防庁の救急隊長として勤務した後、大学教員に転職して救急救命の教育と研究にのり出した、異色の救急救命士だ。

男の子はこうである、女の子はこうしなければならないという無意識の意識が職業にも影響し、「消防官は男性の職業である」というイメージが染みついてしまっているからやりにくい。瑞穂はそのような話を聴かせてくれた。その講義を聴いたとき、舞子はそんな世界を変えていきたいと思った。救急活動の目的は、傷病者の命を守ること。苦痛を軽減し、悪化を防止すること。そこには男も女もないはずだ。

消防署の朝食は、うどんやお茶漬けなど、どんぶり一杯で掻き込むことができ、ボリュームのあるメニューが多い。名物「消防うどん」は、鶏肉、さつま揚げ、人参、玉ねぎ、大根などを大鍋で煮込んだつゆに味付け卵をトッピングして、別鍋で茹でたうどんを浸して食べる。おなじみの朝食メニューだ。舞子はうどんのどんぶりを手に取り、先に朝食をとっていた水上の前に座った。

「……水上さん、これから、若手の救急隊員で症例検討会やっていきませんか?」

「症例検討会?」

「はい、救急隊の活動って、隊長たちみたいに沢山経験を積まないとわからないことばかりじゃないですか。でも、仲間で経験を共有できれば、もっと早くに一人前になれるんじゃないかって思うんですよね……」

水上が箸を止めて、一瞬考えた後に

「確かに、いきなり学会発表とかはハードル高いけど、仲間同士で意見交換とかしたら、いいかもな」

「でしょ。例えば、毎月第一火曜日とか決めて、渋谷署の若手で、出場した事案とか振り返ってみるんです。うちの消防署だけじゃなくて、目黒とか赤坂とか、近隣の救急隊の人にも声かけて」

「……何人か、同期で救急目指している奴がいるから、誘ってみるよ」

水上は舞子の提案に素直に乗ってきた。救急隊の席を争うライバルであっても、もっと深く学びたい、経験がない分を、どうにかして埋めたいという気持ちは同じなのだ。

「そういう、自主勉強会の輪が広がったら……。なんか、サークルっぽくていいな」

「……じゃあ、サークルの名前つけませんか?」

その瞬間、舞子の脳裏には救命救急のシンボルマークが思い浮かんだ。ギリシャ神話に登場する名医が持っていた蛇の巻きついた杖と、「覚知」「通報」「出場」「処置」「搬送」「引継ぎ」の救急隊活動を表す六本の柱でできた図柄は、「命の星スターオブライフ」と言われている。

「『東京スターオブライフ』って、どうですか?」