【前回の記事を読む】政治の安定と引き換えに停滞したもの…六千体の兵馬俑を訪れる
近代化の遅れた理由
翌日はまず弘法大師空海ゆかりの青龍寺を訪ねた。日本史の上でも明治維新前の仏教の信仰は檀家制度は形だけで、実態は圧倒的に真言密教だったと言われ(中村元博士による)、今日の仏教も弘法大師の影響は強い。
空海は九世紀、今復興作業中のこの青龍寺で青春を修学に捧げた。当時の長安は世界一の国際都市だった。空海はここで密教を学ぶ傍ら、イスラムはもとより特にゾロアスター教とネストリウス派(キリスト教の一派)に触れたことは確実と思われる(司馬遼太郎『空海の風景』)。ここで空海に関連した書籍を求めるのは良い買い物だろう。
この後、新築に成った陜西歴史博物館を見て、この地の悠久の流れを学んだ。最後に西門に登ってシルクロードの起点を城塞から望んだ。これで一応西安観光は終了した。この都市は奥地にしては活気もあり、陜西省政庁もデパート等も近代的な高層建築でありながら、しかも古都としての風格を持った印象的な街だった。
完成したばかりの素晴らしい高速道路を走って、時折点在する陵の小山を窓外に見ながら夕刻の西安空港に着いて、いよいよ北京行きの空路である。十八時半の飛行機が飛び立った。前夜、西安のホテルで、日本と中国と西欧の基本的な文明比較について独り思いを巡らせた。