クローデルのスピーチ

そのクローデルは、昭和一八年、パリのある夜会で、日本人なら感謝の念を捧げずにはいられない有名なスピーチを行っている。太平洋戦争のさなか、次第に敗戦の気配が濃厚になっていく日本を憂え、言葉を発したのである。

「私にはどうしても滅びてほしくない一つの民族があります。それは日本人です」という、彼のスピーチを心に留めている日本人は少なくないだろう。

そのとき彼は「あれほど古い文明をそのままにいまに伝えている民族は他にありません」と、日本が古い伝統や文明を伝えながら新しい発展をとげていることを評価するスピーチを行い、最後にこう付け加えた。

「彼らは貧しい。しかし、高貴である」と。

クローデルのこの言葉を思い出すとき、いまの日本人が本当に彼の評価にふさわしいのかどうか、いつも考えてしまう。クローデルが日本に赴任した大正時代のそのときより多分日本人は貧しくはないだろう。だが高貴だろうか。

東日本大震災を通過した日本人は、それまで隠されていた日本人らしさを再び現したと言われるが、クローデルの感じた「日本人の高貴さ」を再び取り戻すことができるのだとしたら、あの震災にも何かの意味があったのだと少しは思うことができるような気がする。

クローデルはカトリックの詩人で、その導きによってジャムも後年カトリックの洗礼を受けることになった。が、余分な紹介はむしろ不要かもしれない。クローデルがジャムのために書いた文章を引用したほうが良いだろう。

〈フランシス・ジャムは昨日逝去した。………我々は同年に生れた、而して四十年の間、所こそ遠く隔てながら、同じ麺麭を分ち合い、心臓は相共に鼓動したのである。仏蘭西は一人の大詩人を失った〉で始まる、その「あとがき」で、詩人としてのジャムの本質を

〈詩人とは言いながら職業的な意味での詩人だといふのではない、作詩術がどうこうといふのでも、書体がどうこうといふのでもない。これは一つの声なのだ。而して基督教を奉じ洗礼を受けてゐる我が国土からも、未だ嘗てこれ以上に清純な、これ以上に自然な調べが立ち昇ったためしはなかった〉と書いている。

〈その声が黙したのである。心をあらぬ方に奪はれた、迂闊の人々は、必ずしも常にこの声を聞かなかった。………かなり長いこと、十九世紀の大詩人たちはこの傷ける者に叱責や皮肉や冒涜の言葉を浴びせた。

かなり長いこと哲学者達は人生を批難し、かなり長いこと小説家達はその所作を否定し、その創り出せるものを中傷して喜び、汚穢いなもの、愚昧なもの、及び罪を白日に曝して浅ましくも快とした。然るに忽然として、踰越節の日、ある男がこの壮麗なる世界の中央に来て立止まり、「美しい哉!」と敢えて言ったのである。

つつましくも変哲もなき生活、単純な人々との交り、日々の麺麭、二つの御告の祈りの間の日々の平和、このような生活に彼は侮りを抱かず、「よき哉!」と言ったのである。而して空を打眺め、ルゥルドの鐘楼の上高く輝くかの星を仰ぎ、我等の全文学、我等の全詩歌が忘却してゐたこの唯一の言葉を発したのである、「有難き哉!」と〉