また、装飾が施されている決闘用の短筒二丁と、弾薬、弾丸一式が入った飾り箱を持ち出した者もいた。船長室にあったという。
友左衛門から代官が異国船のものを回収したと聞いた萱野軍平は、代官所に赴き、取り上げた物を差し出させながら、「どういうつもりなのか」と詰問した。
階は、「私するつもりはありませなんだ。庶人が異国のものを持っていると知られると、まずいと思いましたので」と悪びれもせず返答し、「異国船のことは報告したのですが、行きちがいになったようですな」自分の責任を逃れるように話を逸らした。
しかしながら、階太夫郎が差し出した村人からの押収品は友左衛門の控えと違いがあることがわかり、それを指摘すると知らないと白(しら)を切るばかりだった。階太夫郎は、自分の出世のために、押収品のなかから短筒と装飾品の一部を、家老の脇坂兵頭に賄賂というか、贈答品として贈ったからで、それを口にするわけにはいかなかったのである。
異国船の座礁事故現場はさまざまに混乱していた。しかし、萱野軍平だけは冷静で、異国船を見たときから、異国船との戦いを危惧した。大砲の威力はわからないが、その数から海防番所などひとたまりもないのではと危機感を覚え、それで、とにかく敵の戦闘能力を知ろうとした。
それには、一番の懸念である大砲をおろして、その威力を調べなければならない。
また、大砲を撃っただけで戦闘が終わるわけではないから、戦闘能力となれば鉄砲や短筒などの火器はもちろんのこと、弾薬の備蓄、乗組員の人数、食料、水の蓄えに至るまで調べる必要がある。
また、船自体の構造や機動性も知りたい。異国船を早く片付けて、噂にならないようにもしなければいけないと、やることがたくさんあり過ぎてどこから手をつけようかと焦り気味だった。近隣を封鎖するとしても、限度があるからである。
そのうえ、蕪木郡代官の階太夫郎が吹の村人から異国船内を物色し、持ち出した物を取り上げたのは良いとしても、取り上げた物の一部を紛失してしまったと言っていることに、腹を立てていたのもある。とりあえず、大砲の運搬に着手し始めたが、その他のことの戦略が立てられず迷っていたときに、和木重郎左衛門が吹に行く途中だと言って、疾の番所に寄ったのである。