花は花として
次の相手キックオフも、大磯東のものになった。蹴り込まれたボールを手にしたのは保谷くん。真っ直ぐ走って相手フォワードとクラッシュ。それは想定済みで、寺島くんと大前くん、石宮くんでボールを確保する。佐伯くんからバックスへ、と見せて西崎くんへ。もとより、走力のない彼の役割はもう一度のクラッシュだ。円城寺くんと榎くんがオーヴァーしてボールが出る。サイドにアタックをかけたのは保谷くんのアドリブだったか。バックスラインへの警戒心が勝った相手の、密集サイドに隙があったのだ。保谷くんの長いストライドがグラウンドを蹴る。
さらに、次の相手キックオフからは保谷くん、岩佐くん、大前くん、石宮くん、円城寺くん、榎くん、と、フォワードでつなぐ。短い確実なパスの連続は、相手を大きく混乱させた。相手陣二二メートルラインまで、とにかくフォワードで縦につないでいく。ポイントを作るのは、次の起点を作るため。佐伯くんの手からボールが足立くんへ、そして澤田くんがボールを受けた時、彼には選択肢が二つ用意されている。開いた位置にいる外センターの椎名くん。
でも、澤田くんはすぐ左に、浮かすような小さなパスを投げた。そこに走り込んだのは西崎くんだ。走力はなくても、衝撃に強くて縦の圧力がある彼が、三本目のトライをあげる。
「ヨーイチぃ!やったぜぇー!」
海老沼さんの絶叫はもはや定番。トライをあげた本人は、照れくさそうに引き揚げてくるだけなのだが。
相手ゴール前のスクラムから保谷くんがサイドアタックで。こいつら、何やって来るか分からない、と相手は思ったのだろうか。単純なラインディフェンスの連係ミスでがら空きになった左ライン際を走った前田くんの独走で。
前半終了間際の相手オフサイドからのペナルティゴールを含め、五トライのコンバージョンとともに十三点をあげたのは今福くん。ハーフタイムは、笑顔を浮かべてのものにもなりそうだった。佑子も、そんな気分に浸りそうではあったのだが。
「引き締めろ。もう勝ち試合だなんて思っていないだろうな。オレたちは勝ち慣れてもいないし、スタミナ切れ気味のヤツだっているだろ。後半が勝負なんだぞ!」
足立くんが、含んだ水を吐き出しながら叫んだ。
保谷くんが、ぎりりと奥歯を噛みしめたのが分かった。そう、引き締めろ!
後半は、厳しいものになった。たとえ合同ティームだって、意地もある。明らかに勢いを失った選手もいないではないけれど、それは大磯東だって同じだ。キツい練習で切磋琢磨してのスターティングメンバーではないのだし、少なくとも前半は全員が力を尽くしたと信じても、時間が経つにつれてパフォーマンスが落ちてくるメンバーだっている。
佑子は思い出す。
「痛いのも辛いのもヤだったし、負ければ、早く終われるし」
中学時代の西崎くんは、そう思っていたのだ。でも、今の彼らはギリギリのところで踏みとどまる。体格でのビハインドを、それでもはね返そうとする西崎くん。よろけそうになりながら、それでもタックルに行く岩佐くん。得たラインアウトをどうやって生かそうかと目くばせする榎くんと大前くん。胸に抱えたボールを、決然とした表情で前に運ぼうとする寺島くん。
後半は、終了間際まで両者無得点で推移した。グラウンドのほぼ中央でマイボールのスクラム。蹴り出して勝ちを収めるシチュエーションかもしれない。でも、スタンドオフの足立くんは、そこで彼なりのプライドを示したのだ。
不意に、右サイドにふわりとしたキックを。
「ゆうきぃーっ!」
もちろんその絶叫に、風間くんは応える。全力の疾走で、相手ウィングに勝った。キックパス一発で、最後のトライ。大磯東単独ティームの初戦は、見事な完封勝利を収めたのだ。
全員が、おそらくは現在持っている力の全ての、それ以上を出し切ったのだろう。ふらつく子もいる。呆然と表情を失っている子もいる。歓喜とは程遠い、初勝利後の姿。でもそれは、輝かしい姿だった。