迷いと悩み

翌朝になると熱はすっかり引いて両足の腫れもなくなっていた。膿が出なかった四か所の膿は何処に行ったのか綺麗に無くなっていた。何事もなかったように仕事に出かけた。

尼崎の会館を借りてビデオ上映会が行われたとき、口下手なというより頭の回転が悪い私は相談員等もってのほかと、下足番をしていて一番気楽なご奉仕を選んでいた。先達が私の所に来て、せっかく相談に来られた方をあまり待たせてはいけないので相談員として話を聞いてあげてくださいと、女性の前に座らされた。

俯いていた女性が顔をあげると美人である。机を間にお互い椅子に座り、二十代後半かなと思われる女性と顔を合わせると私の体が反応した。名状しがたい雰囲気なのである。女性が一言も発しないうちに私の口から出た言葉が、私と貴女は男と女の関係になることはない。私自身びっくりした。意識して言った言葉ではない。

女性は不審そうに、どうしてそんなことを言うのですか。と、聞いてきた。私はゆっくり腕の袖口をまくって鳥肌だっている腕を女性に見せた。

「うまく言えないけど、貴女から男性を拒絶する何かを感じる。きづかずに男と女の関係になればよくないことになるかもしれない」

私の言葉が終わらないうちに女性は両手で顔を覆い俯いて泣き出した。声を堪えているが肩が震えている。

少し落ち着いたのか顔を上げずに話し始めた。付き合った人がもう既に二人亡くなっている。私に指摘される今の今まで自分に原因があるとは思っていなかった。何が原因なのか、これから先どうすればよいのか、尋ねられた。

私は何もわからない。相談にならない相談員なのである。正直に言うしかないと思い、私は阿含宗に入信して二年足らずの若輩者です。貴女の背景というか、何が原因かはわかりません。ただ男性を拒絶しているように感じるだけです。是だけしか言えなかった。

「貴女も入信されて修行されてはどうですか」と言えばよかったのだろうが言えなかった。

後に大本教の聖師といわれる出口王仁三郎氏の『霊界物語』の中で、竜女、の話がある。竜が人として生まれようとすれば温かい海で千年、冷たい海で千年、真水の海で千年都合三千年の修行を終えて人に生まれてくる。必ず女性として生まれてくる。美人になるが男性とかかわってはいけない。このような内容だったと記憶している。

私は人に生まれて何とありがたいことだと思った。件の女性は竜女であったのかもしれない。天地開闢からの竜神あり、かなりのちに現れたであろう竜神ありと、いろいろあるように思われる。