おじいさんの手押し車
介護用品にショッピングカートというのがある。高齢の女性がよく押して歩く手押し車だ。
杖を使うより歩きやすく、荷物を収納できるケースがついていて、疲れたときは座椅子になる。何より、足腰が弱って歩行が困難になってきている人には、体重をかけても体を支えてくれ、自然に足が前に出て、容易に歩くことができる。
歩行ができればリハビリにもなり、痛い足腰が少しずつ鍛えられる。体を動かすことが何よりの薬なのだ。買い物にも気やすく行くことが可能になる。
高齢者には大変おすすめなのだが、なぜか、この手押し車を使って歩く男性はほとんど見かけない。手押し車の便利さを知らないのか、不自由な体なのに杖で歩いている。
杖は両手に二本使えばバランスがとれるが、それも恥ずかしいのだろう。多分、男性のプライドが手押し車を拒否して、杖に頼るのだろうか。
竹八さんは九十歳をとうに超えていた。春日和の昼下がり、今日も手押し車を使い、近所のスーパーまで出かけるところだ。年を取ってもたいそう元気だ。
竹八さんは、便利なものは便利と受け入れる。男のプライド云々という気はなく、現実に楽なものがあれば拒む理由はない。楽なほうが良いに決まっている。まったく抵抗はない。
近所の友人が杖を突いて散歩に出るところに出くわし、手押し車を勧めてみた。
「杖を突くより、なんぼか楽だ。高いものじゃないから、使ってみらっしゃい」
「そんなババア臭いもの、使えるか!」
どうも素直に受け入れてもらえなかったらしい。放っておいてくれとばかりに、その友人は不自由な足で散歩に出かけたが、ついに転んでしまい、もう立ち上がれなかった。竹八さんにしてみれば親切心で教えてあげたのに、激怒されるとは、思ってもみなかった。