四月
社会人になると年度が変わっても変化を感じることは少ない。会社には新入社員が入ってきて、街に出れば新生活が始まる気配が感じられる。でも、俺自身にとっては、三月の最終日と四月一日は地続きという感じだった。そんな社会人二年目の春、四月の三週目の木曜日に桃と会った。会社帰り、明治神宮の入り口近くに彼はいた。夜桜が綺麗だった。
桃と会うのは金曜日の夜、カフェ教師をした後というのがもうルーティンになっていた。と言っても、ヒカルに勉強を教えた日は必ず会うということでもない。彼にも彼の都合があるのだろう。頻度で言うとだいたい月に一回くらいだ。事前に「いつ」と決めることもなく、彼のタイミングで、カフェから駅に向かう帰り道とか、駅構内とかに現れる。もし会えたら俺はその日の話をし、彼からはヒカルの日常の様子を聞いた。
桃とのコミュニケーションは心地良い。こいつは必要なことを端的に実直に話す。発言の裏を読んだり、隠れた気持ちを推測したりしなくて良い。発言をそのまま素直に受け取ることができる。俺が話したこともそのまま受け止めてくれるし、話を面白くする必要もオチをつける必要もない。空気を読まなくて良いし、無理して沈黙を埋める必要もない。心理的な安全地帯にいる気持ちになれる。
話題は、当然ながら主としてヒカルについてだったが、だんだんそれ以外の話もするようになった。こいつは日本の伝統文化について結構知識があり、特に年中行事や風物詩に詳しかった。飼い主、つまりヒカルのおじいさんが日本文化に造詣が深い人らしく、一緒に暮らすうちに自然と覚えてしまったらしい。何をしている人か聞いてみたら、もう定年を迎えてしまったが、何年か前まで高校で国語の教師をしていたらしい。
年明け一月に「今年いくつになるのか?」と歳を聞かれた。いきなりなんだ? と思いつつ「二十四歳になる」と伝えたら「年男だから厄払いをした方が良い」と勧められた。それで思い出して、「俺の呪いって結局どうなった?」と聞いてみたら「師匠に相談した。心配ない。じきに解決する」とそっけなかった。心なしか歯切れが悪く感じた。これでもし俺の体調が悪くなっていたら問い詰めるところだが、全然そんなことはなく、むしろ最近は調子が良い。
年が明ける頃から、仕事にもようやく慣れてきた。ものすごく楽しいとか充実しているというわけではないけれど、なんとなく仕事を進めるコツみたいなものは掴めてきた。新年度に入る頃——つまりもう新入社員ではなくなる頃には、会社で疲弊することもあまりなくなった。ただ、四月になっても何も変化がないというのは少し寂しい。桜が散っていくのを見て、自分の時間だけが無駄に過ぎていくような虚しさを覚える。会社帰りに桃と会ったのはそんな頃である。
この不思議な青年と初めて会ったのが去年の五月だから、知り合ってもうすぐ一年経つ。風変わりなこの青年に、俺はすっかり馴染んでしまった。
この日、桃は心なしか興奮していた。
「ヒカルがちゃんと学校に行き始めたみたいだ。遅刻も早退もなく」