お店の定休日、二人は近くの公園まで散歩に来て、途中でタイ焼きを買いベンチに腰掛け一緒に食べた。
「私、これが好物なのよ」
「あんたは何でもおいしそうに食べる。そんなところも好きだよ」
大旦那は目を細めてお松さんを見る。
「田舎者のおばあちゃんをからかわないで。野良仕事ばかりしてきた私のどこにそんな魅力がありますか」
「目がね、目が何かを問いかけてくるのさ。最初に会ったときからそう思っていたよ」
「大旦那の粋なところは本物だから。鰻をさばく姿は、ほれぼれしますよ」
「俺もこの年まで、いろんな女と付き合ってきたが、でもあんたが最後の女だ、大事にしたい」
二人はお互いの気持ちを若者のように告白しあった二人が店に戻ると休みのはずの店の中からどなり声がする。
「新任だか着任だか知らないが、あいさつ回りなど、こちとら大きな迷惑なんだ。スーパーのおかげで、客足はさっぱりよ」
相手の襟首もつかもうかの剣幕で、若旦那が怒っている。
「どこの店で買うか、選ぶのはお客様でしょう」
相手も相手で負けずに言い返す。店内に足を踏み入れたお松さんはびっくり、そこに自分の息子がいた。
「おまえ、なぜここに?」
「母さんこそどうして?」
普段から忙しい息子とゆっくり話のできないお松さんは、どこで働いているか詳しく話してこなかったし、息子の人事異動も知らずにいた。とんでもない事に巻き込まれたようだ。
若旦那は定休日なのに、なぜお松さんがいるのか疑問を持ち、大旦那を問いただすので、大旦那が二人は好きあっているので付き合いを認めてくれないかと頼んだ。
「とんでもない、この店はまだおやじの名義なんだぜ。財産目当てで結婚でもしようというのか」
話はどんどん大きくなっていく。
「財産目当て! そこまで言う。いい年をして色恋なんて、みっともない。色目を使ったのはそっちの爺だろう。母さん、こんな店辞めてさっさと帰ろう。二度と来ないからな!」
息子はお松さんの手を強引に引っ張って、外に出ようとした。若旦那が塩をつかんで撒こうとするのを、大旦那が止めた。
「商売人がそんな短気なことをするもんじゃねえ」
ドスの利いた声に若旦那の手が止まったそのとき、大旦那は胸を押さえて、その場に倒れこんでしまった。喧嘩どころではない、大旦那は救急車で運ばれ、お松さんは若旦那から疫病神扱いされ、泣く泣くそのまま帰ってきた。
幸い大旦那の病状は軽く、狭心症の後遺症もなく無事退院、一週間後には店先にも出られるようになった。でもどこか元気がない。とさっきから店の前を行ったり来たりする女性がいた。
二度、三度と心配げに店の中を覗き込む。やっと大旦那が女性に気がついた。お松さんだ。大旦那は焼き途中の鰻をほっぽり出し、店を飛び出してきた。鰻の煙がもうもうと上がってきたのにもかまわず大旦那はお松さんの手を引っ張って、どんどん駆け出していく。
近くの稲荷神社の境内に二人はいた。しきりと大旦那がお松さんを説得している。そのうちお松さんもその気になったようで嬉しそうにうなずいていた。