河童の屁
与作爺さんは腰も曲がり杖をつかないと歩けない年寄りだ。腰は曲がっていても与作爺さんは畑仕事をやめない。今日もりっぱにできたきゅうりを氏神様にお供えした帰りだった。ちょろちょろ流れる名もない小さな川の橋のたもとまで来ると、与作爺さんはなぜかいつももよおし、そこから川に向かってしょんべんをするのがきまりだった。
「ピンピンコロリン、ピンコロリン。今年のきゅうりもまあまあの出来、氏神様もきっと満足してくれたじゃろう。ピンコロリンと」
実にしょんべんは気持ち良く出て、さあ帰ろうかとしたところ
「おいらの頭にしょんべんかかったぞ。お皿がくさくなっちまう」
と草むらから声がした。老眼の目を瞬いてよく見ると蕗の葉っぱの裏に河童が隠れていた。与作爺さんは、
「なんじゃお前、河童か」
と目玉をむいた。河童は蕗の葉の上に登ってきて聞いてきた。
「爺さんは河童を見るのは初めてかい」
「おお、初めてじゃが、お前かわゆいのう」
河童は目玉をくりくりさせて喜んだ。
「ところでピンピンピンコロリンって何さ。うまいものかい?」
それを聞いた与作爺さんは大笑いをし
「ピンピンコロリンは喰えんなあ。じいの最後の願いだよ。生きているうちは元気にピンピン働いて、死ぬときは長患いをせずコロリンと逝きたいと思ってな」
と話すと河童も笑った。
「人間は難しいことを考えるんだね。河童は先のことは何も考えないんだよ」
二人は夕暮れ近くの空を見ながら、川っぺりに並んで腰をおろした。
「きゅうりは好物かな」
与作爺さんが腰の袋からきゅうりを差し出すと、
「河童はきゅうりが好物だと思われているけど、本当は人間の願いを乗せた流れ星を食べてるんだ。それにおいらは幻だから見える人にしか見えないんだよ」
と謎を明かした。